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ヴァンパイアらばぁあ!―魔界に堕ちて恋を知る― 五話

五.第三章②:助けられて、血を分けて

 シオンを押さえつけていた茶髪の男の腕から血が噴出す、男は痛みと何が起こったのか分からず悲鳴を上げた。

「血を吸い尽くし殺す、とでもいうのか?」

 男たちは同時に振り返って固まる、紅い紅い双眸が二人を捕らえていた。一歩、一歩と二人に近づく影は姿を現す。

(アデルさん!)

 その姿にシオンは安堵した、アデルバートが来てくれたから。カルビィンが呼んでくれたのだと安心して、シオンは起き上がるとサンゴのほうを向く。彼女も助けが来たことで気持ちが幾分か楽になっている様子だ。

「貴様らだな、今回の連続吸血事件の犯人は」

 アデルバートは軽蔑するかのように二人を見据えてからシオンに目を向ける。怪我をした様子がないことに少しだけ目元を和らげたけれど、それも再び二人の男に向けると途端に鋭くなる。

「よくもヴァンパイアの名を汚したな」
「何がヴァンパイアの名だ! 人間なんてどうとも思ってねぇくせに!」

 茶髪の男は可笑しそうに笑う。人間なんてただの弱いだけの生き物としか、血を提供する存在としか思っていないだろうというその言葉にアデルバートは眉間に皺が増える。

「貴様らと一緒にするな」

 人間に興味がないのは認めるが、アデルバートは弱いだけで血を提供する存在、たったそれだけの生物として見てはいないと、アデルバートは男たちに「お前たちのように腐ってはいない」と言い返す。

「うるせぇ!」
「一歩でも動いてみろ、この女たちの命はないぞ!」

 金髪の男がそう言ってサンゴを掴もうとしたが、そこには誰もいなかった。茶髪の男もそれに気づいてか、傷口を押さえながら周囲を見渡している。

「女ってこのコたちのことかな?」

 すっとアデルバートの隣にバッカスが立つ、その両脇にはサンゴとシオンが抱えられている。

「甘いね、君たち」

 バッカスはそう言って二人を下ろすと拘束を解いていく。自由になったサンゴとシオンはバッカスの後ろに隠れながら二人を睨んでいた。

「このやろう!」

 茶髪の男が魔法を放つ。淡く白い魔弾が飛び、バッカスはサンゴとシオンを抱えて飛び、アデルバートはその魔弾を身体を傾けるだけで裂けると指を鳴らした。

「抵抗するのであれば容赦はしない」

 ざわざわと木々が揺れ、風が集まる感覚に二人の男はたじろぐ。それでも抵抗する手は休めずに男たちは魔法を再び放つが、その魔弾は風の渦によって弾き飛ばされた。

 風の渦はアデルバートを中心に舞い、壁となっている。アデルバートは指を弾くと風の渦は舞い上がって男たちを襲った。

「うあがっ」

 金髪の男が風の渦に捕らえられる。茶髪の男はアデルバートから目を離せないでいた、離せば捕まると本能的にそう確信して。

「仲間はもう使い物にならないが、どうする?」

 逃げるかという問いに茶髪の男はぞわりと寒気に襲われる。周囲から気配はない、ないけれど囲まれている錯覚を感じた。

「知っているんだ、その結界は魔族用だってな!」

 茶髪の男は自身の親指を噛み切って流れる血を蒔くように振ると呪文を唱える。その呪文にアデルバートとバッカスはまさかと飛び退いた。

 ばちばちと音を鳴らして男の足元に魔方陣が浮かび上がる。淡く光を放って黒い光が周囲に広がった。咆哮と共に魔方陣から姿を現す――紅い鱗に翼、長い尾を持つそれはドラゴンであった。

「ギュアアアアアアァァアア!」

 ドラゴンは鳴く、口から火を吐き出しす姿に火竜だということはそれだけで理解できた。

「お前、馬鹿か! 此処で火竜を出すってことがどれだけ危険なことだと知らないわけじゃないだろうが!」

 バッカスは叫ぶ。此処は森林公園の林の中だ、そんな場所で火器を扱えばどうなるかなど言わなくとも想像できるはずだ。「さらに罪を重ねる気か!」と突っ込むバッカスに茶髪の男は「うるせぇ!」と聞く耳を持たない。

 火竜は茶髪の男を乗せると翼をはためかせて、風の渦に突っ込むと捕らえられていた金髪の男を咥えて空を飛んだ。

「逃げるぞ!」

 茶髪の男は笑っている。最後の悪あがきとでもいうのか、アデルバートは男の行動に呆れていた。ドラゴンとはいえ、小型種の下級竜でそれほど脅威ではないが、この場所で炎を吐かれては危険だ。

「アデル、追いかけるからどっちか一人抱えてくれ」

 流石に二人抱えて走るのはしんどいとバッカスに言われて、そうだとアデルバートはシオンを抱きかかえた。

「大丈夫か、シオン」
「えっと、大丈夫」

 よかったと息を吐いてアデルバートが空を見上げれば、ドラゴンは真っ直ぐに飛んでいるのが見えた。アデルバートに「掴まってくれ」と言われて、横抱きに抱えられているシオンは彼の首に腕を回し、振り落とされないように抱き着く。

「今、他の捜査員も周辺囲んでるってよ!」

 伝達魔法を受け取ったバッカスに言われて、ドラゴンを確認すれば空には飛行能力に長けた魔族がドラゴンに応戦していた。地上に下り、火を放たれないように維持しながらドラゴンを包囲している。

「アデル、お前も召喚しろ!」

 林を抜けてドラゴンからほど近い場所に辿り着くと、バッカスは抱きかかえていたサンゴを下ろした。

 召喚と聞いてシオンはアデルバードも召喚魔法が使えるのだと知る。彼を見遣れば、できなくはないがといった表情を見せていた。

 相手はドラゴンといっても下級だ、それよりも上の魔物を召喚すればいい。ドラゴンさえ拘束することができれば、地上で待機しているエルフが退散の魔法をかけることができる。退散の魔法は拘束されていることが条件で、上級種の魔物ならばそれは出来なくはないと話すバッカスに、アデルバードは「仕方ない」と小さく呟くと彼を見た。

「……バッカス、少しの間、頼む」
「はぁ⁈」

 バッカスの驚きの声にアデルバードは「すぐに終わる」と言って、シオンは降ろされた。そっと手を捕まれてシオンが顔を上げれば、少しばかり申し訳なさげな彼と目が合う。

「血を別けてくれ、シオン」

 アデルバートはシオンに簡潔に訳を話した。ドラゴンを取り押さえる上級魔物を召喚するためには多くの魔力を消費する。その召喚に必要な魔力を蓄えていなかったと聞いて、シオンは七日ほど採血を行っていないせいだと気づく。

「エルフでも召喚魔法は行えるが、今到着している捜査員は退散の魔法に魔力を当てている。他の捜査員が到着する前に……」

「言いたい事はわかったから! えっと、腕でいい?」

 シオンが腕を差し出すとアデルバートはすまないと小さく呟き、噛み付いた。

   *

 火竜は炎を吐き、空を駆けるハーピィは華麗に避けると風を起こした。炎と風が衝突する、激しい音を発て煙が舞う。火竜がもう一度、炎を吐き出すとそれは起こった。

「ヴァァァアァァァァっ‼」

 轟く咆哮に火竜の動きが止まった。

「光舞う空に駆ける白雪よ、彼の竜を捕らえよ」

 アデルバートの詠唱にそれは応えて、咆哮とともにそれは姿を現した。雪のように白い銀の鱗、巨翼を広げ、鋭い刃のような尾を地面に叩き付けるとそれは火竜を見据えて口を開いた。

「スノー・ホワイト、行けっ!」

 スノー・ホワイトと呼ばれた白銀の竜は巨翼をはためかせて飛び立った。

 敵わない、そう本能が訴えて火竜は逃げようと進路を変えるけれど、スノー・ホワイトの飛行速度に負けてしまい首根を掴まれた。もがき必死に引き離そうとするが、それをスノー・ホワイトは許さず、頭に噛み付くとそのまま地面に突っ込む。

「ヒギャァァァァァァっ⁉」

 地面に叩き付けられた衝撃と噛み付かれた痛みに火竜は鳴く。その衝撃で背に乗っていた二人の男は吹き飛ばされた。

 地面に固定するようにスノー・ホワイトは足で火竜を押さえつける。身動きが取れない火竜は諦めたように瞼を閉じていた。固定されたことよって退散の魔法の条件が揃い、待機していたエルフが手を掲げて呪文を唱える。火竜を包むように魔方陣が浮かびあがり、その身体は光の粒のように消えていった。

「フィェェェェェェエェッェ‼」

 スノー・ホワイトは啼く。役目を終えたといったふうに空を飛ぶとアデルバートの元へと降り立った。アデルバートはスノー・ホワイトの頭を撫でて呟くと白銀の身体は光に包まれ帰っていった。

「お前、血が足りない状況だったわけかーい!」
「上級種の召喚を行わなければ支障は無い程度のな」

 上級種の召喚は魔力を大きく消費するので普段は無闇に召喚することはしない。緊急時ぐらいで、それさえなければアデルバートの現在の魔力量でも行動はできた。

「白雪ちゃんは大食らいだもんなぁ」
「それだけ強力だ」

 シオンは目を見開いて固まっていた。間近で上級種のドラゴンを目の当たりにしたのだから驚かないはずが無く。そんな姿を見てアデルバートに大丈夫かと心配されてしまう。

「びっくりした……」
「すまない」
「いやぁ、びっくりするよね、そりゃ」

 シオンの言葉にバッカスは頷く、あの咆哮を聞いて驚かない人間はそういない。ましてやドラゴンなど目にする機会などそうないだろう。バッカスは「驚かせてごめんよー」と二人に謝るとジッとシオンを見詰める。

 上から下へとまじまじと見定められるように見られシオンは居心地が悪かった。何かしてしまっただろうかと考えているとふむとバッカスと膝を突いた。

「二人ともなかなか良い娘だね。どう、お兄さんと今度遊んでみない?」
「バッカス……」
「え、やだ」

 アデルバートが突っ込むよりも早く、シオンは即答した。サンゴはバッカスの言葉の意味が理解できていない様子だったが、彼女の冷静な返事に思わず吹き出す。

「シオンちゃん、即答ってっ……」
「え、だってなんか嫌だったんだもん」
「お兄さんそれはそれでショックなんだけどなぁ」

 唐突すぎないか、こんな時に何言っているのかとシオンは訝しげにバッカスを見ていた。それでも彼女の即答が響いてか、サンゴの表情に笑顔が戻る。重い空気とまではいかないものの、暗かった雰囲気が和らぐ。

「まぁ、冗談はさておいて。これから二人は署に来てもらうことになるからね?」
「本当に冗談だったのかしらね?」
「うっわ、グラノラちゃんっ⁈」

 バッカスの後ろには長い藤色の髪を一つに結ったエルフが立っていた。バッカスの話を聞いていたようでロッドの先で地面をコンコンと鳴らしながらじとりと睨んでいる。どうやら、現場の作業を終えて合流してきたようで、二人の男もハーピィたちによって拘束されていた。

「貴方ね、空気読みなさいな! こんな時に何を口説こうとしてるの! 貴方っていつもそうやって被害者に」

「だーかーらー、ちょっと空気を和らげようと思って言っただけだってば!」

 バッカスは「本心じゃないです、傷ついたけど!」と反論するも、グラノラはロッドで彼の尻を叩いた。

「いったい!」
「余計、場が凍ったらどうするの! これだから女ったらしは!」
「すまない、シオン。バッカスは悪気があったわけではないんだ」

 グラノラに説教されるバッカスを放置してアデルバートが代わりに詫びる。シオンは特に気にしてはいなかったので問題ないと答えた。空気を和らげるならばもっと他にやりようがあっただろうにと思わなくもないが、まぁいいかとシオンは叱られているバッカスを眺めた。

   ***

 事情聴取を終えてシオンはガルディアに来ていたリベルトに抱きしめられていた。余程、心配していたようでよかったよかったと何度も呟いている。本当の娘のように想ってくれているのだなとシオンは実感した。そんな彼にシオンは「心配かけてごめん」と謝りながら抱き返した。

「リベルト神父」
「あぁ、アデル殿」

 リベルトはシオンから離れるとアデルバートに深く頭を下げた。

「娘を助けてくださり、ありがとうございます」
「いえ、こちらの不手際でもあります。もう少し早く解決できていれば、シオンたちを巻き込むことはなかったでしょうから」

 アデルバートは申し訳ありませんと謝罪する。そんな彼にリベルトは「ガルディアもちゃんと捜査していたのでしょうから」と返した。

「アデル殿が謝ることではありません」
「しかし……」
「シオンが無事なら良いのです」

 そう言うリベルトの表情は柔らかなもので、アデルバートはそれ以上は言っても彼は聞いてはくれないのだろうと察する。

「サンゴちゃんのご両親に少し話しをしてくるから、シオンはここで少し待っていてくれ」

 リベルトはそう言って少し離れた先で両親に抱き着いて泣いているサンゴたちの元へと向かう。その背を見送ってからシオンはアデルバートを見ると彼は安堵の溜息を吐いていた。

「どうしたの?」
「シオンが無事でよかった」
「その、心配かけちゃったね……」

 シオンはアデルバートに「あたしは大丈夫だよ」と返す。それは無理をしているわけでも、嘘をついているわけでもない声音でアデルバートは目元を和らげる。

「怖かっただろう、すまない」
「怖くなかったっていうのは嘘になるけど、アデルさんが助けてくれたから平気だよ」

 捕まった時も、血を吸わそうになった時も恐怖心はあった。胸を冷やして叫びたくもなったけれど、アデルバートが助けに来てくれてかそれもなくなった。だから、今は平気なのだとシオンは笑む。

「だから、ありがとう。アデルさん」

 優しく微笑むシオンにアデルバートは目が離せないようで、暫く見つめてからアデルはシオンの頭を撫でた、返事の代わりに。

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