![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/139867051/rectangle_large_type_2_5622d2bb7c6316207a8a1291871e9ac0.png?width=800)
ヴァンパイアらばぁあ!―魔界に堕ちて恋を知る― 七話
七.第五章:意識して、感じて、気づくこと
「やっぱり、恋っていいわよねぇ!」
中央街の二番地には劇場がある。毎日のようにさまざまな演目が公演されていて観客は多く、人気のスポットだ。レンガ調のシックで大きな建物が劇場で、演目を見終えた人々がぞろぞろと出てきているそんな中にシオンたちはいた。
今日の演目は人間界でいうところのロミオとジュリエットのような作品だ。結ばれることのない二人が恋に落ちていく姿を物語にして演じられていた。悲恋ものではあったものの、面白くてシオンでも楽しめる作品だ。
「燃えるような恋ってしてみたいなぁ」
「サンゴ、ほんっと感化されやすいね」
「それな」
「何よ、二人とも! 恋愛は老若男女問わず、するべきなのよ!」
恋愛に年齢も性別も関係ないとサンゴが力説する。いつ恋に落ちて、愛し合うかなんてわからないのだからと。そうは言われてもシオンは恋に落ちるという感覚を味わったことがないので反応に困るだけだった。
サンゴは「ワタシも恋がしたい!」と夢見ている。そんな様子にカルビィンが「あれは暫く言ってるなぁ」と察して、なんとも言い難い表情を見せていた。こうなるとサンゴは面倒くさいことを彼は知っているのだ。
「シオンちゃんも、カルビィンも恋しましょうよ!」
「いや、あたしに言われても……」
「僕もなぁ」
「カルビィンはしょうがないにしても、シオンちゃんは出会いがあったでしょ!」
ずびしとサンゴはシオンを指さす。シオンはエルフのガロードに好意を寄せられているし、ヴァンパイアのアデルバートとは契約しているじゃないかと主張した。
出会いというのは確かにあったのだ、シオンにも。ただ、如何せんシオン自身が鈍いのか好きなのかよく分かっていない。ガロードは教会の信者だと思っているし、アデルバートはガルディアのヴァンパイアという感覚が抜けなかった。
アデルバートに関しては自分がやってしまったことで巻き込んだと思っているので、恋愛感情を抱いてはいけない気がした。シオンがうーんと悩んでいるのを見てサンゴは「恋は! 落ちるもの!」と肩を掴む。
「シオンちゃんもきっと落ちるわよ!」
「って、そんな強く言う?」
「ワタシはシオンちゃんが羨ましい!」
誰かに好意を向けられて、優しく接してもらって、想われて、羨ましくない要素が一つもないとサンゴはバシバシとシオンの肩を叩く。シオンからしたら恋愛感情を抱けるか分からないのに、好意を寄せられても困るだけだ。そう返すけれどサンゴはむーっと頬を膨らませて羨ましいと呟いている。
サンゴはずっと「恋って良いものなのよ」ときらきらした瞳で語っている。シオンがそれを黙って聞いているとカルヴィンから「これ暫く続くから面倒だよ」と耳打ちされた。これは確かに面倒と言われても仕方ないなと思う。
「ワタシにだってきっと素敵な人が現れるわ!」
「ほら、夢の世界に入っちゃったよ」
「あー、うん……」
カルビィンは慣れているのか、サンゴの背を押しながら「カフェに寄るんだろー」と話をさりげなく変える。彼女は「劇の感想会しましょうね!」と思い出したように返していた。また夢の中に入りそうではあるけれど、彼女に付き合うしかない。
(恋なぁ)
シオンは二人の隣を歩きながら思う、自分に恋などできるのかと。
***
「劇のチケット?」
ガルディアの魔物対策課では今日も魔物に関する事件・事故を片付けていた。外に出払っているのか、人気が殆どない室内にアデルバートは居た。待機組になっていた彼は自分が請け負っていた仕事の書類を整理していたのだが、同じく残っているバッカスに「お前、劇のチケットいらない?」と問われてその手を止めた。
「いや、予定がキャンセルになっちまってさー」
バッカスはチケットの入った封筒をひらつかせながら話す。誘っていた女性に用事ができてしまい、その日に会えなくなってしまった。それは別に良いのだが、チケットは公演日のみ有効なため、このままだと紙くずになってしまう。それは勿体無いので誰かに譲ろうと思ったらしい。
「グラノラに渡したらどうだ」
「グラノラちゃんその日、休みじゃないんだってよー」
すでに確認済みだったらしく、「この日、お前は休みじゃん?」とバッカスに言われて、アデルバートはそういえばそうだったなと思い出す。ただ、アデルバート自身は劇に興味があるわけではなかった。わざわざ観に行くかと問われると、行かないというのが正直な感想だ。
「ほらさー、シオンちゃん誘って行ってみたら?」
「何故、シオンなんだ?」
「いつも血液を貰ってるわけだし」
相手側にも問題があったかもしれないが、血液をもらっていることには変わりないのだからお礼とは言わないけれど、労ってもいいのではとバッカスが提案する。それにアデルバートは悪いことではないなと思った。
血液の対価を払ってはいるけれど、身を削っていると言われればそうなるので労うことは悪くはない。アデルバートのそんな考えを察してか、「チケット二枚あるからやるよ」とバッカスは封筒を差し出した。
「チケット代は要らねぇから、それでデートしてこい」
「どうしてそうなる」
「えー、女の子と二人で行くんだからデートでしょー」
それは違う気がするとアデルバートは思ったけれど、バッカスには通用しないのは長い付き合いでよく知っているので口には出さなかった。
「シオンが行くかどうかによるが……」
「まー、行かなかったら行かなかったでそれはしょうがないってことでいいんじゃね?」
「紙くずにしたくないと言ったのはお前だろうが」
「いーんだよ、私の手から離れたら」
バッカスがほらと封筒を押しつけてきたので、アデルバートは仕方ないなとそれを受け取った。
***
シオンはアデルバートの家を訪れていた。いつもと変わらずきちんと掃除の行き届いた部屋を眺めながらソファに背を預ける。採血も終わって少し休んでから孤児院へと向かう予定だ。
アデルバートがキッチンから戻ってきて、グラスを渡してくる。果実水の入ったグラスを受け取って口に含む。いつ飲んでも美味しいのでシオンはこれを楽しみにしていた。
「なぁ、シオン」
「なにー?」
隣に座ってきたアデルバートに呼ばれて目を向ければ、言うか言うまいかと悩んでいるような顔を彼はしていた。なんだろうかと首を傾げれば、「劇に興味はあるか」と問われる。
興味があるか、ないかと問われると見るのは好きだった。サンゴたちと一緒に観劇したが演じられる物語に引き込まれて、感動したのを覚えているので「好きだよ」と返した。
「実はバッカスからチケットを貰ったんだ」
「えっと、同僚のヴァンパイアさんだっけ?」
「あぁ。ただ、二枚あるから俺だけでは一枚余るんだ。だから、シオンが興味あればと誘ってみたんだが……」
「あたしでいいの、それ」
誘うならもっと良い人がいるのではないかと思ってしまったシオンは思わず口に出していた。それにアデルバートが「シオンには血液を貰っているから」と労う気持ちで誘ったのだと話す。労ってもらわくてもいいけどなとシオンは「気にしなくていいのに」と返した。
「あたしの余計なお節介のせいだし」
「そうかもしれないが、飲むのを決めたのはオレだ。それに血を分けてもらっていることに変わりはない」
「うーん、アデルさんがあたしでいいなら、いいけど。演目って何?」
シオンはこの前、サンゴたちと観劇していたので同じ演目だったら申し訳ないなと思って聞くとアデルバートは教えてくれた。それはサンゴたちと観たものではなく、上演している中でも人気でチケットがなかなか取れない演目だった。
サンゴから「この演目だけはなかなか取れないの!」と毎回、悔しがっているのを聞いているので気になっていたものだ。素直に「それ、なかなか取れないやつ」と観たかったことを伝える。
「そうなのか、知らなかった」
「アデルさんはこういうのに興味がない感じ?」
「まぁ、そうだな。自分からは行かない」
アデルバートの返答にそれなら知らないのも仕方ない。シオンは「アデルさんがいいなら行くよ」と言えば、彼は「なら行こうか」とチケットを一枚シオンに渡した。
「どんな劇なのか俺は知らないんだが……」
「えーと、これは確か恋愛ものの中でも明るかったやつ」
サンゴから大まかなストーリーは聞いていたので、慣れていない人でも見やすいのではとシオンは教える。いきなり悲恋ものや、バッドエンドなものはきついだろうからよかったかもしれない。
恋愛ものというのを聞いてアデルバートは渋い表情を見せる。どうやらその手のものはあまり得意ではないようだ。女性向け寄りな恋愛ものなので、男性はもしかしたらつまらないかもしれないなとシオンも思う。
「アデルさん、大丈夫?」
「……どうだろうか。観てみないことには分からないが……」
反応ができなかったら申し訳ないとアデルバートは前もって謝罪していた。謝ることではないのだが、自分のせいで楽しい気分を阻害したくないという気持ちがあるのかもしれない。
「まぁ、ほら、気分転換にはなるかもしれないからね?」
「そうだな。観劇など久しくやっていないから気分転換にはなるかもしれない」
余程、劇などに興味がないようでアデルバートはいつ行ったかも覚えていない様子だった。人もだが、魔族にも趣味趣向はあるもんなとシオンは眺める。
「朝に迎えに行こう」
「劇前で待ち合わせでもいい気がするけど」
「何があるか分からないだろう」
迎えに行けるのだからそうするとアデルバートに言われて、シオンは彼が来てくれるならばと有難くその厚意を受け取ることにした。
***
「はぁ! アデルさんと観劇!」
サンゴは驚いたように声を上げる。その声量に耳を塞いだシオンは何だその反応と彼女を見遣った。
いつものように教会前の掃き掃除をしているとサンゴとカルビィンがやってきたので、雑談をしていたのだが彼女が「観たい演目があるのよ」と話した。その劇がある日程はアデルバートと観劇をする日だったので無理であることを伝えたらこの反応だ。
「アデルさんの同僚のバッカスさんからチケット貰ったからって誘われたの」
自分を労うためにということで誘ってくれたのだと伝えるのだが、サンゴは「男の人と二人っきりなんてデートよ!」と言って聞かない。どうしてそうなるのだと突っ込んでいるのだが、カルビィンに「無駄だよ」と肩を叩かれてしまった。
「デートで観劇なんて羨ましいぃ」
「デートじゃないよ、サンゴ」
「デートみたいなものよ!」
サンゴの返しにカルビィンの言う通り、無駄だとシオンは諦める。とりあえず、彼女の話を聞くことにした。
「デートなんだから、おしゃれしましょう!」
「おしゃれって何?」
「可愛い服を着るのよ!」
「えー、そんな服な……」
無いと言おうとしてシオンは思い出す、そういえば買ってもらったなと。アデルバートの最初に血を飲ませた時に対価として貰った服一式は可愛い部類に入るはずだ。黙ったシオンの反応にサンゴはそれはそれはにこやかに「あるのね?」と問う。
あまりにも圧のあるその笑みにシオンは買ってもらった服の話をした。話を聞いたサンゴは「それいいじゃない!」と食いついた。
「自分が似合うと思って買った服を着てくれたら絶対、嬉しいわよ!」
「そういうもん?」
「僕は嬉しいけどなぁ」
似合うと思ってプレゼントしたものを身につけてくれたら嬉しいし、気に入ってくれたんだと思うからとカルヴィンは言う。男であるカルヴィンが言うのだからそうなのかもしれないとシオンは悩む。
自分ではとてもじゃないが似合うとは思っていなかったので着こなせるか不安だったのだ。けれど、せっかく貰ったものなのだから着ないのは勿体無いし、服が可哀そうだ。
「着ましょう、着ましょう!」
「なんで、サンゴが楽しそうなの?」
「ワタシはシオンちゃんに恋人ができてほしいの!」
恋愛に興味ない様子は不安になるのだとサンゴは話す。別にまだ若いからいいのではと思わなくもないのだが、「人間の寿命は短いでしょ!」と言われてしまった。確かに魔族からしたら短いのだ、人間の寿命は。
魔族の中でも短命である獣人ですら人間よりも長く生きるのが魔界なので、シオンのようなのんびりとした生き方というのは不安にもなる。
「なので、シオンちゃんはちゃんとその服を着るように!」
「わ、わかったよ……」
このまま渋っていたら当日に押しかけてきそうな気がしたので、シオンは大人しく頷いておいた。
「リベルト神父には許可取ってるのよね?」
「うん。アデルさんなら大丈夫だろうからって言ってた」
「あのシュバルツ家の息子だもんな。そうなる」
「シュバルツ家ってそんな凄いの?」
カルヴィンの言葉にシオンが問うと、「公爵家の中でも名家中の名家だよ」と教えてくれた。魔界で公爵の爵位を持っている一族というのは限られている。その中でも名家と謳われて、この世界を統べる魔王にも意見を言える存在、それがシュバルツ家だ。
そんな由緒ある家の息子となると疑うのすら失礼に値する。シュバルツ家に悪い噂もないので信頼度は高いのだと聞かされて、シオンはそんな凄い魔族に血の欲求を沸かせてしまったことが申し訳なくなった。
「確か、シュバルツ家は一人息子だったから、継ぐのはアデルさんになるんじゃない?」
「あー……だからかな。なんか家の事にちょっと触れると険しい顔になる」
「由緒ある家柄だとしがらみとかありそうだしねぇ」
家には家の事情というのがある。アデルバートもそれで苦労したことはあっただろうと想像ができた。きっと周囲から様々な目で見られていただろうことを考えると嫌にもなるはずだ。
(これは触れないようにしないとな)
アデルバートのことを考えて、せめて自分と会う時ぐらいは忘れられるように家族のことを聞くのは止めようとシオンは心に決める。
「シオンちゃん、デートの話はちゃんと聞かせてね!」
「えー……大したことじゃないと思うけどなぁ」
「絶対に話してね!」
ぐいっとサンゴに押されて、その圧にシオンはわかったと返事をするしかなかった。
***
シオンは姿見の前で呻っていた、それもこれもアデルバートから貰った服のせいである。羽織った白いカーディガンの下からレースのあしらわれたブラウスが見えて、ピンクのキュロットとよく合っている。
服そのものは可愛らしい、可愛らしいのだが自分が着てみると似合っているのか全く判断できなかった。
着こなせてはいるはずだけれど、似合っているかと言われると自信がない、無さすぎる。普段が修道服とブラウスやハーフパンツといった服装なので、いざ着飾ってみると違和感が凄まじい。
これは本当に大丈夫なのだろうかとシオンは不安になる。それでも着ていかねばサンゴに何を言われるか分かったものではない。彼女ならアデルバートに会った時に聞くぐらいのことをしてくるのは想像できた。
うぅぅと呻ること数十分、待ち合わせの時間が近づいてきたのでシオンは覚悟を決めて家を出た。
教会の門前でシオンは待つ。傍に居る番犬を撫でながら気を紛らわしていると、犬の視線がシオンの後ろにいく。誰か来たかなと振り返れば、アデルバートが少し先で立っていて目を瞬かせながらシオンを凝視していた。
時計を確認してみれば、相変わらず時間きっちりだった。シオンが立ち上がってアデルバートのほうへと駆け寄ると、彼は片手で口元を覆いながらじっと見つめてくる。どうしたのだろうかとシオンが見つめ返せば、「……すまない」と自分が見つめすぎていることに気づいてかアデルバートは謝った。
「謝らなくても大丈夫だけど……なんかあった?」
「いや……その服を着てくれたのかと」
「……あー……」
そうだ、自分は彼から貰った服を着ていた。シオンは「貰ったから着ないと勿体無いし」と恥ずかしさを誤魔化すように言う。アデルバートの反応に服に目を遣れば「似合っている」と返された。
「想像以上に似合っていたんだ」
「そうかなぁ? 自分じゃよく分かんないんだけど……」
「その……可愛らしいと思う」
少し恥ずかしげにけれど嘘なく言うアデルバートにシオンは固まった。男性からそうやって言われるのには慣れていないので、どう反応していいか分からず、照れを隠すように頬を掻いた。
アデルバートの視線がなんとも痛いけれど、彼が何処か嬉しそうにしていたので、シオンは着てよかったなとサンゴに少し感謝する。
「あぁ、すまない。そろそろ行こうか」
見つめすぎていることにアデルバートは謝る。教会の門前で長居をするのもよくないのでシオンは彼に連れられながら歩く。
「アデルさんは今日、休みなの?」
「あぁ。休みの日だと知っていてバッカスが渡してきた」
「なるほど。お仕事大変そうだし、休んだ方がよかったんじゃない?」
「大変ではあるけれど、シオンも言っていた通り気分転換にはなるだろう」
家でずっといるよりは良いと言われてシオンはそれもそうかと返す、外に出てみるのも気分転換にはなるだろう。
「そういえば、バッカスさんとずっと一緒なの?」
「あぁ、一応バディを組んでいるからな」
バッカスとは長い付き合いというのもあるが、彼は補助魔法などのサポートを得意とするので、攻撃魔法が得意なアデルバートとは相性が良かった。そういうのもあってバディを組んでいるので、彼と必然的に行動を良く共にしている。アデルバートの話にだから仲良く見えたんだなとシオンは納得した。
バッカスはアデルバートに気軽に話して、口調も崩していたので仲が良く見えていた。長い付き合いでバディも組んでいるのならばそれも頷ける。
「バッカスさん、彼女さんと行きたかっただろうなぁ」
「いや、恋人ではない。狙っている女性ではあるだろうけれど、あいつはフリーだ」
「え、そうなんだ」
「女性を口説いては振られるをよくしている」
懲りない男だとアデルバートは呆れていた。彼が呆れるほどなのだから余程、繰り返しているのだろう。それでもめげずに女性を口説いているのだから立ち直りが早いのかもしれない。シオンはバッカスのことを思い出して、そうえいばエルフのグラノラに説教されていたなと苦笑する。
同僚から説教されるぐらいなのだから彼はきっといろいろやらかしている。それでもガルディアでやっていけているということは、それだけ実力があって仕事はこなしているということだ。とは思うけれど、気になるので聞いてみれば、「異動を重ねて俺の部署まで来た」と教えてくれた。
「対人を特に女性に関してはあいつに任せてはいけないとなって、比較的少ない俺の部署である魔物対策課に配属になった。俺がいるというのもあるだろうな」
「それ、押し付けられてない?」
「俺もそう思うがもう慣れた」
どうやらバッカスの女性絡みに巻き込まれた経験は多いようで、諦めと慣れでもうどうでもいいのだとアデルバートは話す。その表情が疲れていたのを見るに苦労はしているので、シオンは「その、お疲れ様です」とだけ声をかけておいた。
「まぁ、バッカスさん女性受け良さそうだしなぁ。顔が良いから」
「……シオンもそう思うのか」
「うん? バッカスさんもだけどアデルさんもカッコイイとは思うよ?」
恋愛などのことは分からないけれど、格好いいや可愛いなどは判断できる。サンゴは美人だし、カルヴィンは男には失礼かもしれないが可愛いと思う。バッカスもアデルバートも顔が整っているので格好いいと感じていたとそう素直に答えれば、彼は「そうか」と小さく呟く。
「好みとかは置いておくとして、誰かをカッコイイとか、可愛いとかは思うよ?」
「確かに、それはあるな……」
アデルバートは理解したようで、自分でもそれは思うこともあると言っている。けれど、何かが引っかかっているように眉を寄せていた。それにシオンは気づいていたけれど、本人が分かっていなようなので指摘することはしなかった。
路地を抜けて広い通りへと出ると人通りが多くなっていく。少し行った先に客待ちの馬車が止まっていたので、アデルバートが「乗っていく方が早だろう」と手綱を引く男に声をかけていた。
男に目的地を伝えるとアデルバートはシオンの手を取って馬車へと乗せる。二人が乗車したことを確認して、馬車はゆっくりと走り出した。
*
劇場は人気の演目だけあって満員だ。比較的、良い席のチケットだったこともあって舞台がよく見通せる。劇の内容はコミカルに恋愛模様が演じられていて、観客からは時折、笑い声が溢れていた。
主人公の少女が様々な魔族や人間と出逢って恋をして、時に事件に巻き込まれていくけれど彼女の勢いで解決していく様というのは爽快感がある。惚れっぽい主人公だがその過程を経て真実の愛にたどり着き、結ばれるのだがそこに行き着くまでにまたコミカルに、ノリよく進んでいく。
シオンでもこれは人気が出るわけだと納得できるほどの内容で、夢中で劇を観てしまっていた。時間など忘れるほどに劇の世界へと入ってしまう。
特に主人公役を演じている女性の演技が良くて、少女の元気良さを表現でき、明るく人の良さを演じていた。女性から見ても嫌な気はせず、共感できるキャラクターだったのもあってか違和感もなく観ていられた。
ヒーロー役である男性も格好よく、時におどけて、一途に想う様を演じきっていて彼ならば主人公を託していいと思えてしまうほどに役者の演技は素晴らしかった。
劇が終われば、拍手喝采、声援まで飛んでいた。役者は幕が閉じていくまで観客に手を振っていた姿というのは嬉しそうだ。
「面白かった!」
劇場を出てシオンの第一声はそれだった。もっといろいろ感想はあるけれど、一番の言葉は「面白かった」に尽きる。
アデルバートはどうだったのだろうかとシオンが見れば、彼はそこそこ楽しめたようで、面白かったという感想にそうだと返している。
「恋愛ものにしてはコミカルだったな」
「観やすかったでしょ?」
「あぁ。あまり得意なジャンルではないが楽しめた」
恋愛もの特有のムードというのがアデルバートはあまり得意ではないらしい。愛し合う過程のドロドロしたものや、甘い雰囲気というのが苦手なのだと話した。今回の演目はそういったものがなかったので楽しめたようだ。
「ヒーローも主人公も良かったから女性人気高そう」
「ああいった男性が人気あるのか?」
「うーん、あのヒーローは一途に主人公を想っていたところが良いじゃないかな?」
一途に想っている姿は裏切りなどを疑わなくて済むので観ていて安心できるというのもある。けれど、慕ってくれているという気持ちは気になっている相手からならば嬉しいものではないか。
「気になっている人から一途に想われていたら、ちょっとぐらつくよね」
「……なるほど」
「アデルさんはあんな感じの女性どうなの?」
男性から見た主人公はどうだったのだろうかと聞いてみると、アデルバートは少し考える素振りを見せたてから「良い人ではあると思う」と答えた。
元気が良く、明るい性格は場を盛り上げてくれるだろう。嫌味を言うこともなく、お人好しな部分もあるのを見れば優しさを感じる。恋人だけでなく、友人や仕事関係で付き合っていくのも安心できるのではといった良い印象を抱いたとアデルバートは話す。
「そう聞くと男性からも評判は良さげだなぁ」
「あそこまでお人好しもいないだろうというような表現の仕方をしていたが、俺はそれ以上を体験済みなので違和感はなかった」
劇中ではやりすぎではというお人好し表現があったのだが、アデルバートはシオンから既にされているので特に違和感はなかったらしい。それを聞いて、「うん、そうだね」と返すしかない。何せ、見ず知らずのヴァンパイアに二つ返事で血を分けたのだから。
劇中では笑いのポイントでもあるシーンだったのだが、アデルバートからしたら「あるかもしれないな」と思わせてしまうぐらいのことをシオンはしている。彼の反応は当然のことなので何も言えないのだ。
「まぁ、シオンはお人好しすぎる気はするが……」
この前の逃げていた強盗に捕まったのも、幼子を放っておけなかったという理由はお人好しだと思ったようだ。それにシオンは「放っておけないじゃん」と口を尖らせる。
子供が転んで逃げる人たちに足蹴にされていたら放っておけない、怪我でもしたら大変なのだから。それがお人好しだとアデルバートは指摘するのだが、シオンは止めれそうにはないなと思ったので素直に「多分、治らないよ」と返した。
「放っておけないし」
「……それでも気を付けたほうがいい」
「それは……うん、そうする」
こんな性格なのだからまた何かに巻き込まれてはいけないので、気を付けるしかないとシオンは頷いた。
「あ、この後ってどうするの?」
「昼を過ぎているな……昼食でもどうだろうか?」
時計を確認したアデルバートに提案されて、シオンは小腹も空いていたので頷く。カフェなどがある中央街の一番地へと向かう。
一番地は商業店なども並んでいるので人通りが多い。昼時というのもあってか、人混みが激しくてシオンは人の波に押されそうになってしまった。
「シオン」
名前を呼ばれたのと同じく手を握られる。人の波から引っ張り上げてアデルバートは「大丈夫か?」と言いながらシオンを隣に立たせた。
「ありがとう。はぐれちゃうところだった」
「人が多いからな……シオン」
「何?」
「嫌なら断ってくれていいのだが……こう人が多いとはぐれてしまうかもしれない。手を繋いでいてもいいだろうか?」
手を繋いでいればはぐれる可能性というのは少なく済むと言われて、シオンは確かにそうだなと「いいよ」と握られた手を握り返した。
「むしろ、手間とらせちゃって申し訳ない……」
「いや、気にすることはない」
アデルバートは特に気にしている様子もなく、手を繋ぎながら歩く。ふと、歩幅を合わせるようにしてくれていることに気づいてシオンは嬉しいなと思ってしまった。それが彼の優しさ故だったとしても、自分を気遣ってくれたことが嬉しいと。
手を繋いで隣を歩く、それはなんだが――そこまで考えてシオンは頭を振った。これははぐれないためなのだと言い聞かせる。
(サンゴが余計な事を言うからそう考えちゃうじゃん!)
デートだなんて言われなきゃそう思わなかったとシオンはこの場にはいないサンゴに文句を言った。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?