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ヴァンパイアらばぁあ!―魔界に堕ちて恋を知る― 九話

九.第六章②:恋に嫉妬はつきもの

「昨日さ、アデルさんのところで……」

 シオンはスノー・ホワイトのことをいつものように遊びにやってきたサンゴたちに話す。ドラゴンって可愛い所もあるのだなと感想を伝えると、「それは契約しているドラゴンだからだよ」とカルビィンが教えてくれた。

 本来のドラゴンは大人しくもないし、人間や魔族が気軽に触れるものではない。気性は荒いし、狂暴なのが多い、それが本来のドラゴンだ。

「そんなふうにできるのは契約できているからだよ」
「そうよ。そうじゃないと怪我どころじゃすまないから、野生のドラゴンには絶対に触れちゃだめ!」

「わ、わかってるよ」

 流石に野生のドラゴンに近寄りたくはない。シオンの返事にサンゴは「それならいいけど」と言って、そうだと手を叩く。

「シオンちゃん、デート楽しかったんでしょ?」
「まぁ、楽しかったけど……」
「アデルさんのこと、どう思った?」

 にこにこと聞いてくるサンゴにシオンはそれはと目を逸らす。アデルバートの優しさが、気遣いが嬉しいと感じて、少しそう少し意識してしまった自覚があった。それを言えば、きっとサンゴは目を輝かせるのだろうと分かっているので黙る。

 けれど、彼女には通用しない。サンゴは「気持ちの変化があったのね!」とそれはもう輝かしい笑みを浮かべていた。

「あー、えっと……ちょっと……」
「ちょっと?」

 その眼力には敵わずにシオンは思ったままのことを話すと、サンゴは「気持ちの変化、あったじゃない」と返した。

「シオンちゃんさ、自分には関係ないとか思っていたみたいだけどさ。ちゃんと、気持ちの変化ができたでしょ?」

 誰かを意識するという気持ちの変化、何を感じ見て、抱いた感情というのは素直なものだとサンゴは話す。恋愛に興味がないなんて言っていても心が動かされたのだから、シオンでもその感情はあるのだ。

「シオンちゃんだって、恋ができるのよ?」
「それはー、そのー……恋とは決まってないわけで……」
「じゃあ、その気持ちに素直になってみてね?」

 隠したり見てみぬふりさないでそのままを感じてと言われてシオンは分からなかったけれど、自分の気持ちに嘘をつくなということだろうと理解して頷いた。

「今日は孤児院のお手伝いないし、カフェでも行かない?」
「いいよ、暇だし」

 シオンは特に予定が入っていなかったのでそう答えると、サンゴは「じゃあ行きましょう」と手を引く。行動の速さは相変わらずだなとシオンが笑えば、カルビィンがあっと声を零す。

 顔を上げれば教会の門を越えてガロードが駆け寄ってくるのが見えた。シオンが「ガロードさん」と名前を呼ぶと嬉しそうに「おはようございます、シオンさん」と返ってくる。

「どうかしましたか?」
「いえ、アナタとお話がしたくて」
「また女将さんに怒られますよ?」
「大丈夫です、今日は仕事が休みなので。皆さんは何処かに行こうとしていたのですか?」

 ガロードの問いにシオンが「みんなでカフェに行こうかと」と答えると、「私もご一緒してよろしいですか?」と聞かれる。

 男性と二人きりの場合はリベルトの許可が必要ではあるけれど、サンゴたちと一緒なので問題はなかった。シオンが「サンゴたちどう?」と問えば、二人はガロードの圧を感じてか「大丈夫だよ」と了承する。

「シオンさんとお話ができるなんて良い日だ」
「そ、そうですか」

 それでは行きましょうとガロードはシオンの手を引いて歩き出して、サンゴから引き離されてしまい、彼も行動力があるよなとシオンは思った。そんな様子をサンゴは不安げに見つめている。

「ガロードさん、強引よね……」
「まぁ、シオンの事が好きだから……」

 こそこそっとサンゴとカルビィンは話して、引っ張られていくシオンに少しばかり同情した。

   ***

「あら、可愛い」

 グラノラは小型化されているスノー・ホワイトを見てそう言った。魔物対策課に書類を持ってきた彼女はスノー・ホワイトを珍しげに見つめる。

「住処の山の手入れが終わってないんだ」

 アデルバートは書類を受け取りながらスノー・ホワイトのことを話した。訳を聞いてグラノラはなるほどとスノー・ホワイトを見遣る。

 いつもならば自宅に待機させておくのだが、今日は朝から深夜までの勤務。その間、大人しくしていろという命令をしたはいいが多少の不安はあった。ならばいっそのこと連れてこようとアデルバートは職場にスノー・ホワイトを置くことにしたのだ。デスクの下で丸まっているスノー・ホワイトはグラノラを一瞥すると眠そうに欠伸をした。

「眠そうね」
「夜ずっと走り回っていたからな」
「それ、アデルは大丈夫だったの?」

 物を壊すなと命令しているため問題ないとアデルバートは話す。睡眠もそれなりにとれているため支障はなかった。そもそも、ヴァンパイアは夜にこそ力を発揮する種族なので睡眠不足というものはない。

「しっかし、その姿の白雪ちゃん久々だなぁ」

 バッカスはそう言ってスノー・ホワイトを撫でる。スノー・ホワイトは嫌がらず、そのまま頭をバッカスの手にすりつけた。バッカスと付き合いが長いせいか、スノー・ホワイトは彼に懐いている。グラノラが触ろうとするとスノー・ホワイトは頭を振って抵抗した。

「わたしはだめなのね」
「付き合いの差だなぁ」
「好きで付き合いが長いわけじゃないのだがな」

 バッカスは「お前それ酷くね」と口を尖らせる様子にグラノラは「本当に仲がいいわね」と二人を見た。どこに仲良しな要素があったのかと言いたげにアデルバートは彼女を見るが「こういうところよ」と返されてしまう。

「シオンちゃんにも懐いたんだろ」
「そうだな、一瞬だった」
「そりゃ、お前が好きな人だと気づいたんだろうなぁ」

 ドラゴンというのは感情を察知する能力に長けている。主人が好意をもっている、信頼している存在だと察するのは簡単にやってのける。だからシオンにもすぐに慣れたのだ、主人が愛した人間だから。

「そうなのだろうが……分かりやすかっただろうかと考えてしまった」
「付き合い長い相手になら気づかれるんじゃね? 私は気づいた」
「わたしも何となく察したかしら」

 グラノラに「アデル、あの子には感情出すから」と言われえてアデルバートは眉を下げる。それほどなのかと言いたげなアデルバートに二人は「うん、わかりやすい」と追い打ちをかける。

「シオンちゃんはまだ気づいてないかもしれないけどな」
「それは……そうかもしれない」

「アデル、彼女は人間だから慎重になるのも分かるけど、気持ちはちゃんと言わなきゃ伝わらないのよ?」

 グラノラの指摘にアデルバートは黙る、その通りだからだ。言わなければ伝わらないけれど、シオンの負担にはなりたくはないと思ってしまう。なので、どう行動するのがいいのかアデルバートには分からなかった。

 その様子にバッカスは「まぁ、考えすぎるのもな」と言う。考えすぎて行動できないよりかは、自分の思うままにするのも良いではないかとアドバイスをする。

「焦ってもよくないものねぇ」
「そうそう。つか、お前さ。白雪ちゃんがシオンちゃんに懐いて何か思ったろ」

 バッカスに「お前なら白雪ちゃんにも嫉妬してそう」と言われて、アデルバートは反論できず黙ってしまった。それを肯定ととらえたのか彼は腹を抱えて笑い出す、お前マジかよと。

「バッカス、そんな笑うものじゃないわよ」
「いやだってね、グラノラちゃん。白雪ちゃんに嫉妬だよ?」

 ペットに嫉妬したようなもんだよと笑うバッカスにアデルバートは何も言い返さない、嫉妬していた自覚があるからだ。そんな主人の様子にスノー・ホワイトはぴょんとバッカスの方を飛ぶとがぶりと腕を噛む。

「いって! ちょっ、白雪ちゃん!」
「スノー・ホワイトはお前が俺に何かしたと思ったんだろうな」

 やめなさいとスノー・ホワイトを抱きかかえるとアデルバートは自身の膝の上に置いた。スノー・ホワイトはまだ物足りないといったふうであるが大人しくなる。バッカスは噛まれた腕を押さえていた。

「安心しろ、甘噛みだ」
「甘噛みじゃなかったら腕が取れてるから!」
「でもバッカスの自業自得じゃない」

 白雪は主人を守るために動いただけだものと、グラノラは偉いわねとスノー・ホワイトを褒めた。それに気をよくしたのかスノー・ホワイトはどやっと胸を張る。

 そういえば仕事に支障がないのかしらとグラノラが心配そうにスノー・ホワイトを見ると、アデルバートは許可はおりていると答える。

 小型化した状態が条件であるが署に置くことは許された。ただし、目を離さないことが条件である。この状態のままならば召喚扱いにはならず、使役する時の魔力だけで済むためコストは少なくて効率はよい。

 なら、もともとこのまま連れ歩けばと思うかもしれないがそうはいかない。彼女はもとは山に棲む上級ドラゴン、それも希少種だ。自由のない室内などでの育成は彼女の負担になる。それに常に見ていなくてはいけないというのも難しいのだ。

「育成の簡単なものは常に自宅で飼っていてもいいのだけれど、ドラゴンは難しいものね」
「特にスノー・ホワイトは腕白な性格だ。ずっと室内で大人しくさせていてはストレスで何をするかわからない」

 屋敷ですら三日目で走り回り物を壊したのだ、それが暫くとなると爆発した時にどうなるか想像できなくはない。それにストレスは身体に影響を与える、病気や怪我などしては大変だ。

「手入れが終わるのってどれぐらいよ」
「明後日には終わる」

 ならあと少しの辛抱かとバッカスはスノー・ホワイトの頭を撫でた。それまで大人しくしろなと言われて、スノー・ホワイトはぎゃうぎゃうと鳴いていた。

「そこの三人」

 フェリグスが雑談している三人を呼ぶと「仕事だ」と言った。

 魔物対策課の隊員から連絡があり野生のユニコーンが一頭、迷い込んできたという報告を受けた。ユニコーンは中央街に逃げて暴れているとのこと。

「いっておくが、殺すな。ユニコーンは住処に返すことが決まっている」
「了解」

 フェルグスの注意を聞いた三人は急いで現場へと向かった。

   ***

 中央街が騒がしい。迷い込んできたらしいユニコーンが暴れて店の窓ガラスが割られては、雄叫びが響き渡る。人々は逃げたり物陰に隠れたりと、場は騒然としていた。

 カフェのテーブルの下にシオンとサンゴは隠れていた。その前にガロードとカルビィンが立って二人を隠している。ユニコーンは処女の女性に目がない。そうでない女性には攻撃的になるので、狙われないようにガロードとカルビィンは二人を守っていたのだ。

「ユニコーンってあんな狂暴なんだ……」
「既婚者とか恋人がいる女性とかが出入りしてるからね、中央街」

 中には処女の女性もいるだろうけれど、そのほかの要因のせいでユニコーンは怒りに前が見えていないようだ。

 ガルディアの隊員たちが拘束に動いているけれど、ユニコーンの暴れっぷりに手を焼いているように見える。様子を観察していると隊員の中にアデルバートの姿があった。魔物対策課と言っていたので、魔物であるユニコーンの処理を任せたのだろうことは理解できた。シオンは大変そうだなと彼を見遣る。

「アデルさんいるわね」
「あれそうだよね。大変そうだな……うん?」

 ぴょこっと白い何かか顔を覗かせていた、それは見覚えのある姿で。

「白雪っ」
「ガウアー」

 シオンの声が聞こえたのかスノー・ホワイトは嬉しそうにぴょこぴょこと走ってきた。スノー・ホワイトを見たサンゴが目を丸くしている。

「どうして此処に? あ、アデルさんが連れてきてたのか」
「え、この子、あのドラゴン?」
「シオンたち顔出したら駄目だよ」

 カルビィンに注意されてシオンは「いや、この子が」と指をさす。スノー・ホワイトに気づいたガロードとカルビィンは「何故?」と言いたげな表情を見せていた。

「多分、アデルさんについてきたんだと思うんだよねぇ」

 三人にスノー・ホワイトがどうしてこの状態なのか訳を話すとシオンは抱きかかえる。スノー・ホワイトは嬉しそうに喉を鳴らしていた。

「この子って女の子?」
「みたいだよ」
「なら、気を付けなきゃ。魔物でもユニコーンは関係ないから」
「そうなのか。大人しくしてなきゃだめだぞ」
「ギャウ」

 シオンの言葉を理解しているのか、スノー・ホワイトは頷くような仕草をした。一応は言うことを聞いてはくれているらしい。

 カルビィンは「それ大丈夫?」とスノー・ホワイトを指さす。

「アデルさんの傍にいなくていいの?」
「あ」
「そうですねぇ。いくら契約しているドラゴンとはいえ、契約者から離れるのは如何なものかと私も思いますが」

 カルビィンとガロードに指摘されて、シオンはそうだよなとスノー・ホワイトを見る。スノー・ホワイトはアデルバートとともに来ているのだから、傍にいなければ心配をかけてしまうのではないか。

 シオンは返さなきゃ駄目だよなとスノー・ホワイトを地面に降ろした。スノー・ホワイトは不思議そうに見上げている。そのつぶらな瞳にシオンはうっと声を漏らした。

「シオンちゃん」
「わかってるって!」

 シオンはスノー・ホワイトと目線を合わせるようにしゃがむと優しく頭を撫でた。

「白雪、アデルさんが心配するから戻りな」

 そう言ってアデルバートのいるほうへと身体を向けさせてやれれば、スノー・ホワイトはシオンとアデルバートのほうを何度か見比べてからてとてとと走り出した。どうやら理解はしたらしいのだが、シオンは大丈夫だろうかととスノー・ホワイトの背を見送った。

   *

「いきます!」

 グラノラがそう叫ぶと拘束魔法が開放される。茨のような蔓がユニコーンに向かって放たれた。逃れるように走り回るユニコーンだが、バッカスのサポート魔法で足を滑らせて転倒してしまう。その隙に蔓がユニコーンを縛り付けるも、暴れてその拘束から逃れようと必死に抵抗していた。

「どうにか落ち着けさせなくては催眠が効かないっ」

 上空で待機しているハーピィは催眠魔法をかけようとするもユニコーンが暴れるために効果が出ない。ある程度、大人しくならなくては催眠は効果がないのだ。

「どうする、誘惑魔法を変異させるか?」
「誘惑魔法は許可がいる」

 許可を求めている時間はないけれど、このままでは拘束魔法にも限界がくる。グラノラにはまだ余裕があるが、拘束している茨の蔓がはち切れそうであった。事後報告になるが誘惑魔法を変異させるか、そうアデルバートが思った時だった。

「ぎゃう」

 ひょいっとスノー・ホワイトが顔を覗かせた――その目の前には暴れるユニコーンで。

「げ、白雪ちゃんっ!」

 バッカスは思わず声を上げる。アデルバートもそれに気づき、退けとスノー・ホワイトに命令した。しかし、ユニコーンの視界にスノー・ホワイトが入る。

「…………」

 退けと命令されてスノー・ホワイトがアデルバートのほうへと向いた時だ、ユニコーンは急に大人しくなった。ユニコーンは拘束されながらもスノー・ホワイトのほうへと向かおうとする。

「あー、なるほどっ!」

 真っ先に気づいたのはバッカスだった。バッカスはアデルバートに白雪をその場に留まるよう命令するように伝える。アデルバートもその意図を察してか、スノー・ホワイトに留まるよう指示を出す。

「ぎゃうう」

 スノー・ホワイトはその命令の通りに立ち止まるとちょこんと座った。くるりと後ろを振り返りユニコーンを見ると小首を傾げる。ユニコーンはそんなスノー・ホワイトを見て座り込んでしまった。

「今のうちに催眠を!」

 アデルバートは上空にいるハーピィに指示を出す。ハーピィは歌を奏で始めた。それは魔力もった音色でユニコーンに向けた眠りの歌だ。ユニコーンはその歌を耳にするとがくんと首を擡げ倒れた。

 確保という掛け声とともにガルディアの隊員たちがユニコーンを取り押さえる。ユニコーンは拘束されると縄を取りつけられてハーピィたちに持ち上げられてしまう。

 被害状態を確認してアデルバートは息をつく。一部の建物の窓ガラスが割られているが、魔族や人間には被害もなく、一般人に怪我人が出ていないことに安堵した。徐々に騒ぎも静まっていき避難していた人間や魔物が建物から出てくる。

「いやー、白雪ちゃんが未婚でよかったわ」

 そう言ってバッカスはスノー・ホワイトを褒めながら撫でる。スノー・ホワイトは相手のオスがいないことから分かるとおり処女に値する。それに気づいたためユニコーンが急に大人しくなったのだ。

「これ、人間や魔族じゃできないからなぁ」
「訴えられかねない」
「そうね」

 魔物や動物でしかできない行為なので、この時ばかりはユニコーンが種族関係無しに反応する幻獣で助かったと思える。

「ぎゃうっ」

 ぴょんっとスノー・ホワイトは跳ねるとてとてとと走っていってしまう。流石にこれ以上の勝手は許されないのでアデルバートが戻ってこいと命令するが、スノー・ホワイトはちらりと振り返るだけだ。どこかへ行きたそうにアデルバートを交互に見遣るとそのまま走り出した。

「あれ、アデルの命令を無視するとかどういうこと?」

 バッカスは目を丸くしている。今までスノー・ホワイトが命令を無視している姿を見たことがないからだ。アデルバートも驚いているのか暫くその後姿を見つめていた。

「追いかけなくて大丈夫?」

 グラノラにそう言われてアデルバートは慌ててスノー・ホワイトの後を追う。

   *

「ちょっと待って、なんで戻ってきたの!」

 騒ぎが治まったのを見てテーブルの下から出てきたシオンは、足元でひょこひょこと跳ねているスノー・ホワイトを抱きかかえた。

 ぐるぐると喉を鳴らしながらシオンに甘えている姿にサンゴが「よく懐いているわね」と驚いている。カルビィンも珍しげに見ているが、ガロードは不満げだった。

 よしよしとスノー・ホワイトをあやしていれば、「スノー・ホワイト」と呼ぶ声がする。振り返れば、アデルバートが目を瞬かせていた。

「アデルさん、そのー……」
「……すまない。スノー・ホワイトが迷惑をかけた」

 言いたいことを察してか、アデルバートはシオンに謝罪するとスノー・ホワイトを彼女から受け取ろうとする。けれど、スノー・ホワイトは嫌だというようにシオンにくっついて離れなかった。

「スノー・ホワイト。シオンから離れなさい」
「ギャァウアア!」
「凄く嫌がってる……」
「かなり懐いているのね」

 シオンはスノー・ホワイトをあやしながら「アデルさんのところに戻ろうなー」と声をかけるも、スノー・ホワイトは首を振って嫌がった。

 これには困ったなとシオンが思っていれば、「しつけもなっていないのですか」とガロードが棘のある言葉を吐いた。

「アナタの使い魔でしょう。ちゃんとしつけておくべきではないですか?」
「その通りだが、スノー・ホワイトは危害を加えたりはしない。シオンに懐いてしまっているだけだ」

「懐いているねぇ……どうでしょうか。ただ、我儘を言っているだけかもしれないでしょう」

 ガロードの指摘にアデルバートが眉を寄せる。彼から見ればスノー・ホワイトはただ我儘をいっているように感じたようだ。それを否定することはできないけれど、アデルバートは何を言うでもなくスノー・ホワイトのほうを見た。

 スノー・ホワイトはシオンの腕の中でぐるぐる鳴いている。それは懐いているからこその態度だった。

「だいたい、ちゃんと管理できていないのはどうなのでしょうかね。と、いうか。シオンさんがどういった関係かは知りませんが、アナタは彼女には相応しくないですよ」

「……それを決めるのはシオンだと俺は思うが」

 低めの声が返される。途端に不穏な空気が流れて、シオンだけでなくサンゴやカルビィンは顔を見合わせた。

 サンゴは無言で首を左右に振り、カルビィンは黙って胸の前で手を左右に合わせてバツ印を作っていた。二人には対処ができないということらしい。シオンでもこれをどうすればいいのかと頭を悩ませる。

「アナタにシオンさんは相応しくない。ガルディアの仕事もまともにできてないだけでなく、使い魔のしつけもなてないのですから」

「ガルディアの捜査について、こちらに落ち度があったのは見止めよう。だが、相応しいか否かはシオン本人が決めるべきことであって、俺たちが言うことではないだろう」

 二人は言い合っていた。相応しい相応しくないなど、近寄るななどそれはもう睨み合いながら。

 この言い合いにシオンたちは口が出せなかった。気迫というのが凄まじいのだ、とにかく。誰をも会話に入らせない圧がある。

「アデル、どうした……って、何、この空気」

 なかなか戻ってこないアデルバートを心配してかバッカスが駆け寄ってきた。彼はこの場に流れる空気に驚いたのか、一歩引いている。シオンはバッカスならどうにかできるのではと、先ほどあったことを話すと、彼は「あー」と何かを察したようだ。

「シオンちゃんはモテるねぇ……」
「それ、関係ある?」
「まぁ、うん。これ、止めるの私には荷が重い気がするなぁ」
「頑張って、バッカスさん!」

 サンゴの応援にバッカスは何とも言えない表情を見せながらも、アデルバートに「そこ落ち着け」と声をかけた。ぎろりと二人に睨まれた彼だが、押されることなく「シオンちゃんたちが困ってるだろ」と返す。

 そこで二人も気づいてかシオンのほうを見た。彼女はスノー・ホワイトを抱えながら苦笑している。

「すまない、シオン」
「あぁ、シオンさん申し訳ございません」
「いや、まぁ、大丈夫なんだけどね」

 大丈夫ではあるけれどこの空気は嫌なので、シオンは「二人ともあたしは問題ないから」と言っておく。

「ガロードさんもアデルさんは悪い人じゃないんで、そう言うのやめてください。アデルさんは落ち着いてください」

「……すまない」
「シオンさんがそうおっしゃるなら……」

 二人はじとりと睨み合いながらも引いていく。一先ずは落ち着いたのでシオンは小さく息を吐いて、スノー・ホワイトには申し訳ないけれど引き剥がした。ぎゅいぎゅいと抗議の声を上げているが、アデルバートにも仕事があるので我慢してもらう。

 シオンからスノー・ホワイトを受け取ってアデルは暴れる彼女をなんとか抑える。

「スノー・ホワイトに悪気はないんだ、すまない」
「分かってる。アデルさんも仕事頑張って」

 シオンはスノー・ホワイトの頭を撫でて「またね」と声をかける。スノー・ホワイトはなんとも寂しげにしていたけれど、大人しくアデルバートに連れられていった。

   *

「いやさ、お前……」
「言うな、俺自身も分かっている」

 戻る最中、バッカスに言われてアデルバートは返す、分かっていると。自身でも驚くほどにあの男に対して警戒していたことを。

 ガロードがシオンに好意を向けているということへの対抗心があった。そんな感情を抱いている時点で、自分は彼女のことが好きなのは確実だ。と、再確認してしまう。

「いやね。対抗心を抱くのは仕方ないけど、シオンちゃんのことも考えろよ」
「……気を付ける」

 気を付けよう。バッカスに真面目に言われてしまうほどに、自分は酷かったのだ。アデルバートは反省した、次からは落ち着こうと。


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