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ヴァンパイアらばぁあ!―魔界に堕ちて恋を知る― 十五話

十五.第九章②:その覚悟は彼の胸に届く

 カーミアに案内されたのは中庭だった。色鮮やかな花々が植えられている中をシオンは歩く。真っ赤な薔薇のアーチを抜けるとテラスが一つ。白のテーブルに二つの椅子が置かれ、日差しを避けるように木の屋根が建っている。メイドに命じていたのか、テーブルにはケーキと紅茶が用意されていた。

「さぁ、遠慮なさらないで?」

 椅子に腰を下ろすとそう言ってカーミアはシオンにケーキと紅茶を勧める。ケーキはクリームがたっぷりとのった苺のショートケーキで、紅茶はミルクティなのかほんのりと甘い香りがする。

「えっと……」

 美味しいわよとカーミアに言われたけれど、この状況で食べれるかと言われると難しい。そんな緊張したふうのシオンにカーミアは微笑む。

「緊張してしまうのは仕方ないわ。ダリウスの言葉も悪かったでしょうからね。貴女はアデルの恋人で間違いなくて?」
「はい、まだそんなに経ってないんですけど……」
「そうらしいわね」

 カーミアは「アデルから聞いているわ」とまだ日が浅いことを知っているようで、ティーカップに口をつけて一口、紅茶を飲む。

「話は聞いているの。あの子、父の説得のためにわたくしに連絡してきたから」

 父が母に弱いことを息子が知らないわけがない。カーミアは「そこで話は聞いているのよ」と話す。どうやって出逢ったのか、どうして好きになり、付き合うようになったのか。それらを全て聞いているのだとカーミアは言ってまた紅茶を飲んだ。

「貴女は魔界に堕ちてからまだそれほど日は経っていないわね?」
「そうです」
「あの教会の人間に拾われたのでしょう。此処で出逢ったご友人はいるのかしら?」
「えっと、人魚の女の子と白虎の獣人の男の子とか……」

 シオンは問われたことに答える。サンゴの事、カルビィンのこと、孤児院でのことなどを話すとカーミアに「貴女は運がいいわね」と返された。

 人間界から堕ちてきた人間というのは出逢いによって運命が変わる。理解ある存在に拾われば長生きができるが、そうでないならばただの良質な血を分け与えてくれるだけの存在に成り果てる。「貴女はだから、運がいいわ」とカーミアは微笑んだ。

「運は大事よ。運が悪いと何も上手くいかないもの。その点は合格だわ」
「合格……」
「えぇ……。じゃあ、次の質問。貴女は魔族のことをどう思っていらして?」

 カーミアはテーブルに肘をつくと手を組んでじっとシオンを見つめた。そんな態度と質問の意図にシオンは困惑しつつも答える。

「えっと……怖くないっていったら嘘にななるけど、あたしは魔族も人間も関係ないって思ってて……悪い奴もいれば良い奴もいるって……」

 魔族だろうと人間だろうと悪い者も良い者も存在するので種族は関係ない。だから、魔族だろうと人間だろうと比べたりはしない。怖いと思うのは両方とも同じなのだからというシオンの返答にカーミアはうんうんと頷くと小首を傾げる。

「魔族だからって関係なくて……アデルさんはこんなあたしでも気にしないでいてくれるし」

 アデルバートは心配性なところもあるけれど、優しくて、シオンを魔界に堕ちてきた人間ではなく、シオンとして見てくれる。そんな彼に恐怖することはなく、悪い存在にも思えない。魔族でも善い人とはいると答えれば、カーミアはくすくすと笑っていた。

「貴女はお人好しって言われない?」
「よく、言われます……」

「でしょうね。貴女の言う通り、魔族にも善し悪しはいるわ。貴女はアデルに初対面から血を提供したのよね? それは愚か者がすることだとわたくしも思うのよ」

 アデルバートは全て話してくれた、こんな愚かな行為など隠せばいいというのに。けれど、シオンのことを見て、知ってほしいと願って。カーミアは「自殺行為でしかないその行為。でも、それは貴女の器の大きさと優しさ、純粋さを表している」と囁く。

 自分の身を削ってでも助けたいという優しさ、誰かも分からぬ存在を想う器の大きさ、何も知らない純粋さ。それら全てを表現した行為だった。たった、一つの行動でそれだけのことが分かってしまう。

「それは人間だけじゃない、魔族にとっても大事なものよ。貴女はそれを持っている、噓偽りなく。わたくしは話を聞いて興味を持ったの、どんな可愛らしい娘かしらって。貴女は確かに可愛らしいわ」

 可愛らしいと褒められてシオンは反応に困った。それが本心からなのか、社交辞令なのか判断ができなかったのだ。どうすればと頬を掻いているとそれが可笑しかったのか、カーミアは口元を覆った。

「わたくしね、嘘が嫌いなのよ。嘘はどんな存在であろうと醜くさせるわ。でも、シオンはそうではない。とても愛らしい」
「えっと……」
「ふふ。あぁ、シオンは何か聞きたいこととかあるかしら?」

 カーミアに「わたくしばかりが聞くのは公平ではないものね」と言われて、シオンはうーんと考えから、「どうしてダリウス様は人間に対して態度があのようになってしまうのでしょうか」と聞いてみた。すると、カーミアは「人間は脆いからよ」と答えた。

 人間は精神が弱く脆い、寿命も体力もすぐに衰えてしまう。欲にも弱くそんな姿を見てきたダリウスからすれば、あのような態度になってしまうのだという。けれど、カーミアはそんな弱いところも興味の対象であった。どうやって落ちぶれていくのか、弱っていくのかを知ることが。

「あの方はあぁだけれど、説得できないわけではないのよ?」
「そう、かな……」
「そうね、貴女の想いの強さ次第だわ」
「想いの強さ?」

 シオンが首を傾げるとすっとカーミアの表情が真剣さに変わる。その顔に笑顔はなくて、シオンは突然の変化に困惑した。自分は何か言ってしまっただろうかと内心、焦っていると「貴女は」とカーミアが言葉を続けた。

「貴女は人間を辞める覚悟がおあり?」
「人間を、辞める?」

 カーミアの言っている言葉の意味がシオンには理解できず、反芻してしまう。そんな様子に「あぁ、知らないのね」とカーミアは説明した。

「私たち上位の吸血鬼は異種族と婚姻する場合、異種族の相手にも吸血鬼と同じように永く生きる力を与えるの。ようは吸血鬼のようになれってことね。あぁ、本当の吸血鬼になるわけじゃないわ」

 吸血鬼に寿命という概念はない。殺されるか自ら死ぬか、あるいは身体が魔力に耐え切れなくなれば生を終えることができる。それを異種族にも同じようになるようにする儀式を彼らは婚姻する時に行うのだ。

「どうして?」
「吸血鬼の寿命が永いから。そして、裏切らないという誓いの意味を込めて」

 カーミアは「不老長寿と言ったら分かりやすいかしら」と話す。吸血鬼は永い時を生きるけれど、異種族はそうとは限らない。末永く共にいられるように、異種族であることをやめるという行為をみせることで裏切らないと誓うために。

 不老長寿、それは人間を辞める行為だ。人間は死に恐怖を覚えるだろうが、人じゃなくなるという行為も同じように感じるもの。多くの別れと出逢いを過ごしていくことになるのだから。

「貴女は大切な人間のお友達、獣人のお友達よりも長く生きる。老化することもなく、ただ生き続ける、吸血鬼の夫のために。多くの出逢いと別れが待っている、ずっと長い時を生きのだから。貴女にその覚悟がおあり?」

 カーミアは「長生きなんていいものではないのよ?」と告げる。人間は不老不死を望む傾向が多いけれど、実際そんなによいものではない。どんなに苦しかろうと、辛かろうと生きることを強いられる。死ぬことを、逃げることを許されない。ただ、一人になってもそれは続く。

 大抵の異種族は夫が妻が死ぬとすぐに後を追う。一人は寂しいのだ、愛した人がいない世界は何もないのと同じで、そういって死んでいく。

「貴女はそんなふうに生きれる? アデルのために人生を使える?」

 儀式もただではない、そう簡単に施すほど安いものではないのだ。裏切らないと夫のために人生をゆだねると誓える存在でなくてはいけない。そう静かに言われてシオンは考える、自分にできるだろうか。長く長い時を生き続ける、彼のためにずっと。

 アデルバートは嫌ならばきっとその儀式をしようとはしないだろう。でも、それは本来の形ではない。逃げていると後ろ指をさされても否定はできない。

 アデルバートのことが好きである。この気持ちに嘘はない、愛しているのだと。なら、答えは既にでていた。

「……あたし、やります」

 シオンはカーミアと目を合わせる、その瞳は揺らぐことなく真っ直ぐで。

「きっと、あたしが先に死んだらアデルさんは悲しむから、それは嫌だ。きっと怖いことなんだと思う、まだ実感とかないけど。でも、アデルさんにならあたしの人生預けてもいいって思えるんだ」

 魔界に堕ちてからいろんなことを経験した。自分の元居た世界よりも治安が良くないこと、種族の違う存在と友人になり、孤児院で子供たちの世話をして。魔族に襲われて、殺されそうにもなった。

 怖かった、怖くないわけがなかった。死への恐怖がそこにあって、でも、助けてくれたのはアデルバートだった。自身の身体が傷つこうとも守ってくれて、全ての想いを隠さずに伝えてくれた。

「優しくて、あたしのこと大事に扱ってくれてさ。そんな人を放っておけないし、置いてもいけない。あたしはアデルさんが好きだから……これって単純でお人好しなのかな……?」

 シオンは苦く笑う、自分でも単純だなと思わなくもなかったのだ。そんなシオンにカーミアはふっと笑みを零すと、「きっとこんなところに惹かれたのでしょうね」と呟いてシオンの髪を梳いた。

「そうね、単純でお人好し。でも、それがいいのでしょうね」

 単純でお人好しで、全てを受け入れる器を持っている貴女だから。カーミアは「貴女の覚悟、いいと思うわ」と呟いて立ち上がった。シオンも釣られるように腰を上げると手をそっと掴まれる。

「その覚悟、見せてあげましょう」

 カーミアは指をさす、その先にダリウスとアデルバートがいた。二人は中庭と屋敷を繋ぐ扉の前に立っていて、少しばかり雰囲気がよくない。アデルバートが訝しげにダリウスを見つめているのだ。

 不安げにシオンがカーミアを見遣れば、「大丈夫よ」と微笑まれる。

「ただ、質問に答えて覚悟を見せるの」

 貴女ならできるわとカーミアは言って、シオンの手を引いて歩き出した。

「話は終わったか」
「えぇ」
「お前はどう思う」

 ダリウスは何を考えているのか分からない、けれど厳しい眼をカーミアに向けた。そんな目など気にした様子も見せずにカーミアはにこりと微笑んで答える。

「わたくし、気に入ったわ」

 妻の言葉にダリウスは眉を寄せ、アデルバートは少し目を開かせる。シオンは漂う空気に言葉が出ず、カーミアを見つめるしかない。カーミアはシオンの肩を抱くと、「とても可愛い娘よ」と話す。

「愚かな行為をしたというのにか?」
「そうね、愚かなことよ。魔族に血を差し出すなんて。でも、その行動が全てを表しているでしょう?」

 器の大きさ、優しさ、純粋さ、シオンの全てを表した行為だ。誰がこんなお人好しが裏切ると思うだろうか、そんなこと思いつかないぐらいに愚かなのだから。カーミアは「そこがまた可愛いわ」と笑む。

「貴方は人間は脆いから逃げ出すかもしれないと思っているのでしょう?」
「当然だ。人間は脆い、何をきっかけに壊れるか分からんだろう」
「そうね、そうやって逃げ出すかもしれない。なら、鳥籠に入れてしまえばいいのよ」

 それはそれは楽しそうに頬を綻ばせながらカーミアはぎゅっとシオンを抱く。強く、強く逃がさないように抱擁すると頬をシオンの頭に寄せた。

「アデルのために人間を止めてくれるお人好しなんですもの。今すぐにでも鳥籠に入れてしまえばいいのよ」

 つうっとカーミアの尖った爪がシオンの頬を撫でる。そう言う彼女の目は本気で、鳥篭はどんなものが良いかしらと目を輝かせていた。

「やめてくれ、母上。シオンを離してくれ!」

 母が本気だと知るとアデルバートはカーミアからシオンを引き離す。カーミアはあらあらと笑みをみせると顎に手をやった。

「もしもの話よ、もし逃げようとした時のことよ? 大丈夫よ、シオンなら逃げないわ。だって、お人好しですもの、そんなこと出来ないわ。アデルバート、貴方は死ぬまで彼女を守ると誓えるわよね? シオンは貴方に人生を預けるってわたくしに誓ってくれたわよ?」

 カーミアは表情を崩さずにただ、アデルバートを見詰める。その瞳は笑っておらず、じっと息子を捉えて離さない。

 シオンはアデルバートへ目を向けると彼の真剣な瞳と目が合った。少しばかり見つめ合った後、彼は覚悟を決めたように答えた。

「誓おう。俺はどんなことがあろうとも、シオンを愛する」

 アデルバートは強い眼差しを返すと、「それでこそ、わたくしの息子だわ」と嬉しそうにカーミアは目を細めた。そうでなくてはいけない、父を説得するならば生半可な答えではいけないのだというように。

「いいわ、いいわよ。それでなくては。なら、母は貴方たちの味方になりましょう」
「カーミア」
「さぁ、ダリウス。妻は息子の味方をするわ。貴方は言ったわよね? わたくしを悲しませるようなことはしないと、約束したわよね?」

 ダリウスはその言葉にうっと一歩引く、そんな約束を婚姻する時に誓っていた。ダリウスはシオンへと目を向ける、彼から見れば弱々しく見えた。

「覚悟があると、その弱々しい身体で」
「確かにあたしは弱々しいと思う」

 ただ、魔界に堕ちてきた人間だ。魔術は下級なものしか使えないし、身体だって魔族のように丈夫ではない。ちょっとしたことで怪我はするし、精神が落ち込むことだってある。それが弱々しいというのならば、否定はしない。

 けれど、人間だからと理由をつけたりはしない。人間だから弱いのは当たり前だから見逃してほしいなんて言わない。弱々しくても、生きてみせる、シオンはそう言ってダリウスへと目を向ける。

「あたしは逃げない、アデルさんが傍にいるかぎり。怖くないわけはない、だから、怖くないなんて嘘はつかない。それでも不安があるなら、鳥籠にだって入る」

 鳥籠に入って過ごすのも構わない、それはシオンなりの誓いの言葉だった。真っ直ぐに見つめてくるシオンをダリウスは黙って見つめ返す。少しの間、けれどシオンは長い時間に感じた。

 すっとダリウスに手が伸びてくる。シオンの頬を掴むと顔を持ち上げてまじまじと観察するように眺めると、やっと口を開いた。

「カーミアの鳥籠はやめておけ」

 狭くて窮屈だ。ダリウスはそう言って頬を掴んでいた手を離すとくるりと背を向けて歩き出す。

「部屋ぐらい用意する」

 ぽつりと告げてダリウスは屋敷へと戻っていってしまった。シオンは一連の流れに呆気にとられていると、カーミアが「よかったわねぇ」と頭を撫でてきた。

「あれ、ダリウスなりの交際を認めるっていう言葉よ」
「はぁ!」

 噓でしょとシオンが声を上げるとカーミアは「あの方、口下手なのよ」と返す。ダリウスは言葉数が少ないだけでなく、口下手らしい。「あんな夫だけれど貴女の覚悟、ちゃんと伝わったのよ」とカーミアに言われて、シオンはアデルバートのほうを向いた。

 アデルバートは驚きに言葉を失っているようだった。彼の様子に「あ、認められたには本当なんだ」と理解する。

「えっと、何処が……」

「まず、アデルバートに誓いの言葉を言わせるほどに息子に愛を教えたこと。次に人間の弱さを認め、それを言い訳にしないと宣言したこと。最後に逃げないと嘘なく誓い、鳥籠で飼われてもいいと覚悟を見せたこと。それらを見てダリウスは貴女を認めたのよ」

 少なからず恐れを抱いていながら愛する者のために誓ったその覚悟を見届けた、だから認めたのだとカーミアは話す。「でも、やっぱり口下手よねぇ」とカーミアは小さく笑った。

「シオンにはちゃんと伝わらないじゃない」
「えっと、全く分からなかったです……」
「ふふ。でも、認めてくれたのは本当だから安心してね」

 カーミアはもう一度、言うとまたシオンの頭を撫でた。まるで母親のように。シオンがはっと目を開かせると、カーミアは何も言わずただ微笑んでいる。あぁ、本当に認められたんだ、そう理解してシオンは嬉しさに少し泣きそうになった。

   ***

「シオンは本当にいいのか」

 シオンはスノー・ホワイトに会いにアデルバートの案内の元、裏山へと登っていた。

 紅葉している木々とは不釣合いに氷が聳え、雪が積もっている様子はグラデーションのようになっていて、シオンは思わず凄いと声を零す。少しばかり肌寒いけれど耐えられる温度だった。

 雪が積もっている場所を少し登ってからアデルバートが「スノー・ホワイト」と呼ぶと、鳴き声を上げながら大きな身体の白銀の竜が降り立つ。久しぶりに会ったスノー・ホワイトは嬉しそうにシオンにすりついてきた。

「何が?」

 スノー・ホワイトの頭を撫でながら問い返すと、アデルバートから「人間を辞めるということだ」と返される。

 限られた者にしかできず条件を満たし、労力と代償を支払うことでしか行うことができない婚儀。永く生きるなど人間には耐え難いものだ、そんな苦労も悲しみも背負うことはない。短い一時であっても共にいられるだけでも自分は幸せだとアデルバートに言われて、シオンは「いいよ」と答える。

「怖くないっていったら嘘になるけど、それでもいいよ」

 お母様にも言ったけれどアデルになら人生を預けてもいいと思えた。共に生涯を永く添い遂げるのもいいのではないか。アデルとならどんなことがあっても乗り越えられると思った、それに――

「一緒にいようって言ったじゃん」

 お母様に脅されたわけでもなく、これは自身で決めたこと、本心からであることをシオンは伝える。共にいたい、ずっと添い遂げていたい、貴方がいれば大丈夫なのだと。

「まー、まだ付き合いたてだからさ、重いかなとかいろいろ思うことはあるけどね」
「シオン」

 シオンが「なに」と顔を上げるとアデルバートから優しく抱きしめられる。何かを確かめるような、安心させるような、そんな温もり。落ち着く感覚にシオンが見上げればアデルバートの真っ直ぐな瞳とかち合った。

「一人にはしない」
「うん」
「共にいてくれ、シオン」
「いるよ、ずっと」

 だから大丈夫だよとシオンは抱き返すとふっと微笑んだ。それがなんとも眩しいものだからアデルバートは思わず抱きしめる力を強めてしまう。シオンはそれが可笑しくて、くすくす笑いながら「逃げないよ」と抱く腕をぽんぽんと叩いた。

 ひらひらと蝶々が舞い降りる、それに見覚えがあったシオンが触れるとぱっと弾けて文字が浮かび上がった。

『そのまま帰らずに一緒に食事をするように』

 それはカーミアからの食事の誘いだった。アデルバートが何とも言いたげな表情をしていて、いろいろ聞かれるのが嫌なんだろうなとシオンは察する。とはいえ、断ることはできないので「アデルさん、頑張ろう」とだけ言っておいた。

END

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