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結婚指輪恐怖症

    結婚指輪恐怖症なのかもしれない。深夜に起床した私はそう思った。このことについて、私はこれまで無自覚無症状で生きてきた。それは幸せなことだったのかもしれない。けれど、どうやら「結婚適齢期」と言われる年齢に近づくにつれ、深層心理で私は、ソレを意識し始めているらしい。そしてそのことによって初めて、自分の中に潜んでいた、まだ世に名称のない恐怖症の存在を自覚してしまった。

    明日も仕事で早いというのに深夜に起きてしまったのには理由がある。怖い夢を見たのだ。怖い夢といっても、別におばけが出てきたとか、そういうのではない。夢の中でまず、私は電車に乗って職場に向かっていた。オフィスに着くと、私は入り口付近の空いている席に座りPCを開く。すると、近くに座っている女性社員の左手薬指に指輪が光ったのが目に入った。廊下に出るとすれ違った部下の薬指にも指輪が見える。大学を卒業して間も無いあの子が?もう結婚したの?と私は頭の中で勘ぐった。さらには独身貴族だとばかり思っていた上司も、なんと結婚指輪を嵌めているではないか。いつのまに結婚したんだ?私は何も聞いていない。そこではたと私は気がついた。同僚が全員、左手薬指に指輪をしているのだ。そこからは、みんな私にそれを見せつけるように左手を目の前でヒラヒラさせて通り過ぎていく。奇妙で恐ろしい光景だった。私はなんと言えばいいのか分からず黙って、ただ確かに感じている不快感から、自分の席でパソコンの画面だけに集中しようとする。でもダメなのだ。雑念が私を煽ってきてうるさい。嫌悪感と恐怖のあまり、そこで目が覚めた。

    結婚指輪はたぶん今も、そして今以上に過去は、それをしていない人の恐怖や不安を煽るものだったんじゃないかと思う。
「私は正常で、年相応に配偶者がいて、国が推奨する男女ワンペアの幸せを獲得し結婚にまで至りました。この人は未来永劫私のものなので手を出さないでくださいね」
    その指輪は、それを身につけることが叶わない人たちとっての絶望だ。それは「普通じゃないかもしれない人たち」に、頑張って「普通」にならないといけないような気にさせる焦燥感で、ただただ自分にたった一人の「その相手」がいないことの劣等感をつきつける。

    私は言いたい。「あなたは左手の薬指に指輪を嵌めた時、幸福と愛する“パートナー”に対する所有欲に満たされているのでしょう。しかし、その幸福は罪の味がしませんか?自分と自分の配偶者二人だけの世界を作り上げることで、それ以外の関係者を爪弾きにし、あなたがその配偶者を作ったたった一つの理由だったはずの孤独から自分たち二人だけを救い出し、周囲にさらに強い孤独感を押し付けてはいないですか?」と。
     孤独から解放されるために恋人を作ったのであろうに、できた途端に「はい、一抜けた!可哀想な売れ残りさんたち、さようなら」と言わんばかりに去っていくあなたたちは一体何だ。孤独だったんなら分かるだろう。それがどんなに辛くて苦しいか。結婚するなと言っているのではない。結婚指輪を見せるなと言っているのだ。私の劣等感を煽らないでくれ。あなたが誰の「夫」で、誰の「妻」であろうとも、私の目の前にいるときだけは、ただの友人で、後輩で、上司であってくれよ。それ以外のあなたのことを、私はこれっぽっちも想像したくないんだ。ああ、これはきっと、孤独過敏症の症状の一つに違いない。かなり重症だ。

    幸い、私にだってこんな下らない(が深刻な)話を聞いてくれる親しい友人はいる。彼は当たり前のことを当たり前のテンションで言う初期設定のアバターみたいな奴だが、何でも話せる数少ない他人だ。
「うん、結婚指輪をしているのはね、俺が察するに浮気防止だよね。逆に結婚してるのに指輪してないほうが嫌じゃない?なんか不倫してそうじゃない?」
    彼は私の深刻な相談に対し、ハイボール片手に呑気にそう答えた。私はこれまでの人生で恐らく一番長いため息をついた。
「いや、うるせーよ。なに常識中の常識を自分オリジナルの意見みたいに言ってんだよ。つか聞いてねーよ、そんなこと。ざけんなよ、マジで」
    残業終わりで気が立ってたこともあり、急に飲みに誘っても来てくれるこの優しい初期アバターに、私はつい逆ギレをかましてしまった。しかし、こいつには私の伝えたいことが何一つ伝わっていない。ちゃんと殺意が湧いてきた。だがそれを知らない彼は、「いやキッツー。そんなんだから恋人できないんじゃーん」などと曰わって、私の怒りを酒の肴にしている。論点をすり替えるのは古今東西バカの得意技なのか。私は恋人が欲しいなどとは一言も言っていないのだが。
    しかし、そんな彼にも恋人がいる。実物を見たことはないが、名前は「ゆうか」というらしい。こいつは酔うとノロケ話しかしない。死んでほしい。

「いやでも実際、お前と飲みに行くのだって、結構問題なわけよ」
    彼は唐突にそう言うと、ビールジョッキをドンと音を立ててテーブルに置いた。私が怒りをこらえ、赤ベコのように無心で頷きを返している間に、彼の右手が持っているものはハイボールからビールに変わっていた。
「女友達と飲み行く〜とかもさぁ、サシだとあんま良くないじゃん?」
「どうして?私は君のことを1ミリも異性として魅力的だと思わないし、君だってそうでしょ」
「ええ!そうですよ!そうですとも!でも、それはお前と俺の間の共通認識でしかないわけよ。ゆうかは心配だって言うし、俺も?逆の立場だったら心配するし」
「ふうん。じゃあ説明すれば?」
「説明すればするほど怪しまれるもんなんだよなぁ、これが。」
「いや、それは意味わからん。必要なら私が直接言うよ」
「あー、あー!いい、いい!ややこしくなるだけだから。俺がめんどくせーわ」
「なんか前にもこんな話になった気がする。で、君が面倒くさいってことで話終わったよね」
「そうだっけ?」
    彼はメモリーの容量が小さいので覚えていないかもしれないが、確かに以前もそんな話をした気がする。もしかしたら、女友達・男友達が会う時の永遠のトークテーマなのかもしれない。嫉妬する恋人にどう説明をして会うか。それかいっそのこと、恋人を優先して疎遠になってしまうか。くだらない。大概の「恋人」という存在は厄介だ。独占欲が強すぎる。友情と恋愛感情は別だろうに。そもそも、私たちの人間関係はいくつもの関係軸で構成されている。家族、恋人、友達、同僚。恋人はその中の一つの要素で、しかも「たった一人」でしかない。それが複数の友人より優先される意味は一体なんなのだろう?私には、心の支えになってくれる大切な友達が何人かいる。その誰一人だって欠けてほしくないし、私が誰かと会うのを制限するような恋人は、絶対にいらない。そんなものは、キモいしうざい。
「異性と会う度に浮気されるんじゃないかって心配になるような相手なら、別れたほうがいいんじゃないの?信用できないってことでしょ?」
「いやいや!信用してるんだけど、でも心配にはなるのよ。恋愛してるときってそうなのよ。恋は盲目だから、理屈じゃないから」
    彼はそう言って、ぐびっとレモンサワーを飲み干した。あれ、気づかないうちにビールがレモンサワーになってる。色んな酒を味わってて腹立つな、こいつ。それにしても、「恋は盲目」といえば「仕方ないね」でそれ以上追求されなくなる世の中は、やっぱり私には解せないのであった。私は言った。
「サークルの後輩がさ、恋人ができてから飲み会に来なくなったんだ。女の子なんだけど、飲み会って当然男もいるから、それで彼氏から行くなって言われてるみたいでさ。おかしいよね」
「そういう束縛が強い愛情を持ってる人も一定数いるんだよ。そうじゃなくたって、結婚して家庭なんて持った日にはプライベートが全部家族のものになっちまうからなぁ」
「おい、独身のままでいると必然的に孤独になると言いたいのか?」
「お前も恋人つくれば?」
    脳内のマリー・アントワネットがケーキを貪り食いながら「友達がいないなら、恋人をつくればいいじゃない」と言い放った。それは鈍器で殴られたような衝撃とともに私のHPを削り、繊細な心をひどく傷つけた。
「ルール違反だぞ、それは!」
    私は声を荒らげた。
「なになに?」
    彼は戸惑いの表情を浮かべている。またしてもこいつは分かっていない!
「だから、私はそういうのが嫌なの!自分が寂しいからって恋人つくって、それで残された別の誰かはもっと寂しくなってもいいの?全員が全員結婚できるわけじゃないのに?そもそもなぜ男女ワンペア揃えないと上がれないんだ!既婚者と未婚者の間に立ちはだかるあの壁はなんなんだ!鉄のカーテンか!世はまさに冷戦時代か!」
「おうおう、一旦落ち着こうぜ」
    幼い子どもの癇癪を見ているように、なぜか朗らかな表情を浮かべながら彼は言った。
「気にし過ぎだと思うんだがなぁ。恋人とか結婚って言葉が地雷になってんのか?」
    彼の余裕と、こちらを面白がっているに違いないニヤケ顔は私の神経を逆撫でした。
「気にしたくないのに気になるようなことばっか言われるし、見えてくるんだもん!」
    そうだ。聞こえるし、見えてくるのだ。どうして人間はあんなにも恋愛トークが好きなのか。隙あればすぐに各々の恋愛事情を報告し合うのはなぜだ。どうして結婚指輪なんてするのか。それを見つけたとき、私は何を感じ取るのが正解なのか。既婚者であることにどんな社会的価値が与えられるのか。考えてしまう私が病気なのか。いや違う。みんな考えなくて済むように恋人をつくるのだ。ある年齢を迎えたとき「そちら側」にいれば安心できる。だからみんな焦って恋人をつくるんだ。家族をつくるんだ。私は酒の勢いも借りながら、思いの丈をぶちまけた。ほとんど言いがかりだったかもしれない。どうせ彼には理解できないし、共感してもらえない内容だった。
    結局その後も文句を垂れ流し、一向に噛み合わない会話を続けていたら終電が近くなったので、お会計を済ませ最寄り駅に向かった。日比谷線の改札が目前に来たところで、しっかり酔っ払っている彼は私の肩を強く叩いて言った。
「まぁ、俺はこれからも友達だし、ゆうかにはちゃんと許しを得て、これからも会いますよ。だからそんなシリアスにならず、気楽にいこうぜ、な」
「…おう、サンキュー。気をつけて帰れよ」
私はさらっと流して駅の改札をくぐって行ったが、別れ際のその言葉に結構ぐっときていた。必ずしも趣味や価値観が合うわけでは無いが、彼のこういう義理堅さと気遣いに私は救われているのだ。

    その夜、帰宅してシャワーを浴び、布団に潜ってから私はもう一度、結婚指輪恐怖症について考えてみた。
    私はなにも結婚制度に反対しているわけではないし、恋人がいる全人類を嫌っているわけでも当然ない。リア充爆発しろ(もう死語?)みたいなテロリズム精神と私のこれは全く違う。敵意ではないどころか真逆、同胞意識からくる寂しさなのだ。私を苦しめるのは「結婚指輪」という物理的存在とそれが持つ社会的意味合いである。社会的意味合い、とはまさに「結婚できる程度には正常な人」という通行手形のようなもの、そして「配偶者がいますので」「異性の方は二人きりになるとき要注意!」みたいな外側(こちら側)の配慮だ。後者は勝手な思い込みにも見えるが、実際に周囲の目は厳しい。嫉妬深いパートナーの存在や、「いや、夫(妻)がいるから異性と二人きりはちょっと」みたいな常識的な発想そのものが、私を傷つけている。パートナーの存在が明かされることによって、それ以外の関係人に当然のように促される遠慮、そして必要以上に仲良くすることを禁止されているような感覚がある。そういう目に見えないものたちが、こちら側の劣等感をたまらなく煽る。そしてその化身が「結婚指輪」なのだ。

    私は基本的にずっと寂しい。寂しい子だ。けれど、そうじゃなくなる方法が「じゃあお前も恋人つくれよ」しかないのは納得がいかない。私には数は多くないけど複数人友達がいて、全員が必要なのだ。人間関係を育む相手が一人でいい、なんてことは絶対にない。

    恋人や配偶者を持つ同志諸君。聞いてくれたまえ。どうかパートナーの友人Aを労ってやってほしい。会ったことがなくても、興味がなくても、恋人同士二人きりの時間を奪う厄介者にしか映らなくても、それでもどうか思いやりの心を持ってほしい。僕たちはあなたの大切な人をどこかに連れ込んだりしない。約束しよう。だから猜疑心を少し、取り払ってほしい。あなたのパートナーは、私にとってもそこそこ大事な友人Aなのだ。恋人と友達に優先順位をつけて、二者択一にする必要性は皆無だと気づいてほしい。私たちは別のフィールドにいて、別軸で大切に思い合っている。それをどうか、ないがしろにしないでください。あと、結婚指輪。アレ買うお金で、あなた方二人で旅行にでも行けばいいと思います。これはほんとに、個人的な意見。

※この物語はところどころフィクションです。

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