ショートショート|ドライブ
ゆるやかなカーブを抜けると、男の瞳孔が青に染まった。水平線は曖昧だった。潮風に乗って、エンジン音がこだました。
「いやっほう、海だ海だ」
後部座席からにゅっと顔をのぞかせた友人は、はねた前髪の下で目をこすりながらあくびをした。ぽろぽろと、目やにがよれたシャツに落ちた。
「お前、途中で運転変わる約束すっぽかしやがったな。夜中、ずうっといびきかきやがって」
朝日に顔をしかめながら、男はアクセルを強く踏みこんだ。ぐらついた友人はどてっと倒れた。
「悪かった、悪かったよ。あとでメシでも奢るからさぁ」
「お前が奢ってくれるの、いつも五百円ぽっちじゃないか。割にあってないぜ」
男からの抗議に、友人は口を尖らせた。
「ガソリン代は払ってるんだからいいだろう。けちくさい」
「どっちがけちくさいんだか」
助手席の女より、嘆息がぽつりと漏れた。男はちらりと見た。
脂ぎったあでやかな金髪が、じとりと湿り照る首筋からだらしなくはだけた胸元の膨らみにかけて張りついている。女のその起伏に富んだ肢体と、燻んだような塵埃めいた車内のコントラストが、なまめかしい色香を滲ませていた。
男は視線を前へもどした。
「この中で一番の貧乏人が言えたセリフかよ」
友人の声。
「こいつが金はいいって言ってるんだから、いいじゃん。ねぇ」
鬼灯のような唇を幽かにゆがめながら、女は男を見つめた。その頬に点々と生える無精髭。その野蛮で雑多な感触を、肌がまだ覚えていた。
「まあ、お前の彼女だしな」
ぶっきらぼうにつぶやくと、男は灰皿からシケモクに火をつけた。吐きだした白煙が、助手席を隠した。
「そりゃ、友だちとしたらありがたいけどよぉ」
「甲斐性なしぃ」
「なんやとぉ、このっ」
後ろをのぞきからかう女の頭を、友人がわしわしと撫で回す。二人の楽しげな声が男の内耳に反響すると、眼前の青がぐらりと揺らいだ。
「なあ」
「見て見て! あれじゃない?」
女が指さした先には、海沿いに佇む観覧車が見えた。ちかちかとした七色の光は、もうすっかり昇った太陽の光で霧散する。
「おおっ、ようやく着いたか」
友人は腕時計を見た。
「予定の四十分遅れかぁ。渋滞も特になかったと思うんだけどな」
そんなことは、ない。
断じて、ない。
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