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ショートショート|あんまり暑いものだから

 あんまり暑いものだから、日陰を選んで歩いていると、ぐいっと突然足をひかれ、どぼんという音とともに男は陰に沈みました。そこはひたすらに仄暗くひんやりとしていて、体表の汗が身体を冷やしてゆくのがわかりました。

 あまりに心地がよいものだから、そのままゆっくり沈んでゆくと、闇の中より聴こえる沈黙が息苦しくなってきました。見上げた先のそのまた先、あんなにもわずらわしかった太陽の光がこんなにも遠のいてしまったことをさみしく思い、男はなんとか手を伸ばしてみたけれど、身体はやっぱりゆっくりと沈下してゆくので、心臓が凍りついてゆくような焦燥を覚えました。

 ちらりとのぞいた闇の底から、愉しげな空気がただよってきました。金銀財宝の絢爛なきらめきが目に入り、男好みのグラマラスな美女たちの嬌声が鼓膜をゆらし、なまめかしくもほっとするようななにかが肌を包み、男のこころをなぐさめました。いつしか焦燥は消えていました。

 こつん、となにかにぶつかりました。そのほうへ男が手を伸ばすと、なにか足のようなものがあるのがわかりました。男は親切心で、その足をぐいっとひっぱりました。

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