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正義の偽善(後編)
いよいよ、タイトル名について触れようと思う。
昨今、新型コロナウイルスの影響で経済的にダメージを受けている人が世界中に溢れている。
飲食店、観光業、航空会社など、ほとんどの仕事が休業となり収入がない状態が続いている状況の人々が多い。
そんな中、数々の著名人や経済的に余裕がある人たちが寄付をする活動が目立っている。
困っている人がいたら助ける。
学校で初めに学んだ事だが、自分のことで精一杯の日常でなかなかできる人は少ない。
自らの生活があるにも関わらず経済的に余裕がある分お金に困っている人に寄付をする。
正義の心を持った人にしかできない素晴らしい行為である。
しかし、そういった行動を見て
「偽善」だ。「売名行為」だ。
と心ない言葉を投げつける人もいる。
そういう人たちは、私たちがカンボジアでサッカーボールを配ったことに対しても「偽善」だと揶揄するだろう。
ただ、私も、その寄付をしている人たちも「偽善」だと「売名行為」だと言われようが困っている人を助けているという結果に変わりはない。
自分自身の自己満足に行っていることなのかもしれない。
私自身も、カンボジアでサッカーボールを配ろうと思った時に「俺いいことしてるな」という自己満足に浸っていた。
けど、実際にサッカーボールをプレゼントした時に裸足でボロボロの服を着た子どもが、サッカーに触れることができて少しでも幸せな気持ちになってくれている姿を見て私は
正義のヒーローになった気がした。
「ぎぜん」という言葉は2種類あると思う。
「偽」なのか「義」なのか。
正義のヒーローが行う善い行い。
それが「義善」である。
もし、また誰かに「偽善」だと中指を立てられることがあったら、中指を立て返すのではなく
「義善」だよと
その中指に、人差し指を足したピースを返せるような人間になりたい。
P.S. サッカーボールは世界を繋げる。
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