翔伍と英恵

俺の名前は白鳥翔伍。どこにでもいるしがない高校生さ。夏休みを迎える前の疲れた高校一年生だ。
名探偵でなければ海賊王でもない、火影にも死神にもなれない、そして何より憧れのヤンキーにもなりきれないそんな男、それが白鳥翔伍だ。
だが俺にだって悩みはある。そう、恋の悩みだ。

俺は、学級委員の荒川英恵ちゃんが、ああ、そうだ。好きだ。
この淡く切ない気持ちに気付いたのは……いや、やめよう。きっかけなんてなんだっていい。ただこの想いが一朝一夕のもんじゃないってことさえわかってくれればそれでいいんだ。

期末テストが返却されたその日、俺はとうとう親友の基次郎にこの気持ちを打ち明けた。基次郎は俺の唯一のヤンキー仲間だ。
人通りの少ない被服室前の階段で、昼飯のバナナを食べながら黙って俺の話を聞いてくれた。

やがて、基次郎はバナナを飲み込むと、こう言った。

「告るしかなくね?」

あまりにも単純かつ明快な答えだった。
そして、だからこそ、それはまさしく天命であった。
恋に落ちたのなら、告るしかない。それは至極当然のことだ。
さすが基次郎。期末試験で38位だっただけある。

俺は誓った。今日、英恵ちゃんに、この想いを伝えると。

「基次郎、俺、やるよ」
「ああ、頑張れよ。翔伍!」

俺たちは拳を突き合せた。

そして放課後。俺は英恵ちゃんを探した。
その愛しい姿を見つけんと校内を走り回る俺の脳内は、未だかつてないスピードで動き続けていた。英恵ちゃんを初めて見たあの日から今日までの出来事が走馬灯の如く走り抜けていくーー。

ーー俺はヤンキーを自称する男そんな俺が学級委員を好きになるなんて言うのはあまりにもテンプレートだだが誤解してほしくないのは別に俺は学級委員だから英恵ちゃんを好きになったんじゃない英恵ちゃんが英恵ちゃんだから好きになったんだ今時珍しい三つ編みメガネの学級委員の英恵ちゃん家庭科部とかいうめっちゃ女子っぽい部活に入ってる英恵ちゃん一目見た時からそのあまりのテンプレさにふーんおもしれえ女と思ってしまったまさかその数か月後英恵ちゃんに告るため学校中を走り回ることになるとは思いもしなかったふっ人生何が起こるかわからないなてかもしかしてこれ告ってオッケーもらえたらこれから始まる夏休みウハウハのスーパーサマーじゃねなんか海とか行ってえー水着可愛いじゃんとか言ったら照れ臭そうに笑う英恵ちゃんめっちゃ可愛くね夕日が沈んできたら砂浜で二人手を繋いでそれからアーーーーーーーーーーーーーーーッ!

なんてことを考えていた矢先、被服室前の廊下で英恵ちゃんを見つけた。
が、しかし、思いもがけない、いや、想定はしていたが考えないようにしていた光景が広がっていた。


そう、英恵ちゃんは、友達と一緒にいたのだ。
同じクラスの伊吹真美子。あいつはどうしようもないおしゃべりだから、告っているところを見られでもしたら、瞬く間に渦中の人になってしまう。それは避けたい。

伊吹真美子に気を取られたその一瞬の不意が、俺を不幸へと陥れた。
何かを思い切り踏ん付けた俺。気付いた時には、もうどうすることもできなかった。
俺はただ、重力に従いすっ転ぶしかなかったのだ。

どしん、と激しい音がして、英恵ちゃんと伊吹真美子が振り向いた。
穴があったら入りたいとはまさにこのことだった。

足元には、バナナの皮が落ちていた。

ははっ、バナナの皮で滑って転ぶなんて、俺はなんてテンプレで面白い男なんだ。笑うしかない。

「大丈夫?」と英恵ちゃんが声をかけてくれた。伊吹真美子はその後ろで笑いをこらえている。絶対に許さない。

俺は颯爽と立ち上がるとなるべくカッコよくこう言った。
「全然大丈夫。ったく、誰だよな、バナナの皮をこんなとこに捨てたのは」

基次郎だ。
このバナナの皮は、基次郎が食べていたバナナの皮だ。
まあいい、俺は寛大な男。全てを許す、器の大きな男だ。

告るどころではない俺は、足早に立ち去った。
なに、焦ることはない。

俺の高校生活は、まだ始まったばかりだ。

おしまい

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