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私的、よく読まれた記事

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はじめましての方へ。おすすめ入りした記事など、わりと読んでもらえているなという記事をまとめました。もしよろしければ、自己紹介の代わりとして。
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#毎日note

仕事と家庭の両立のため新しい「休みのサイクル」を作ることにした!

今年は毎月妻に「来月こそはゆっくりと過ごすんだ!」と宣言し続け、一度も実現できないまま10月を終えてしまいました。 そんなこともあってか、「休む」について考える記事もいくつか投稿したりも。 ついつい人は「忙しい」と「充実してる」をイコールのものとして思い込みがちのようで。忙しいことはいいことだって自分に言い聞かせてしまう。 ぼくは、キャリアのほとんどをフリーランスで過ごしているので、仕事がなくて絶望しながら過ごした時期もたくさんあります。だから、忙しいことってありがたい

「逃げてもいいよ」じゃなくて「逃げよう」と言って欲しい。

あれは確か、中学生のころ。 学校がまったく好きになれなかったぼくにとって、気楽に過ごせる唯一の場所が当時通っていた塾だった。 そこは個別指導塾で、部屋の中は机ごとにパーテーションで区切られていた。 そこでは、先生とマンツーマンで授業が進められる。 ぼくを担当してくれていたキムタク似のイケメン大学生の先生と、勉強とは関係のない他愛もない会話をするのが何よりも楽しかった。 大学の話、お互いの彼女の話、クラシック好きだった先生が熱く語る(けどつまらない)コンサートの話。中学生だ

「編集」パートナーが欲しい。

「毎日書いてると文章が上手くなって読まれる」はホント? 深くうなずきながら、野本さんの記事を読みました。 ぼくは毎日更新を4年弱続けています。 最初の頃は、とにかく「書ききる力」を身に着けたくて、なんとか「はい、終わり!」まで書くことを目的にしていました。 少しずつ文章を書くことが楽しくなり、書きたいままに続けていました。 でも、毎日書くことによる「文章が上手くなる効果」は1年ほどで頭打ち。上手くなる、と言うよりもそれまで全く書いてこなかったので書くための筋力が簡単に

文章を「読む力」。

娘の作文を読んで確信した。 文章を「書く力」を支えているのは、文章を「読む力」なんだと。 ※ 娘が書いた、先日の富士登山の感想文。 短い作文だったけどとてもよく書けていたのだ。 2日間に渡る長い富士登山の中で、最後の30分にフォーカスを絞り、ぼくとの会話を中心に話が進んでいく。 富士山の5合目。下山の長い砂走りを終えてからしばし平坦な道になる。 「やっと下山できたー」と思ってから、思いの外長い最後の道のり。 この30分について、書いていた。 「こんなにながかったっけ?

毎日更新1270日。そろそろ毎日更新をやめようと思う。

たぶん今日で、毎日更新も1270日くらい。 そろそろ毎日更新をやめようかなと考えている。 今日はその理由について。 ▶ 4年弱も続けたのに、なぜやめる?一番大きな理由は「続けるより、やめるほうが大変になったから」。 普通は、毎日書き続けるほうが大変って思うでしょ。でも、いつからかぼくは記録が途絶えるのが怖くなってしまっていた。 こうなると、続けるのはそんなに難しくない。 「どのくらいで習慣化するのか?」って話がよくあるけど、八週間くらいがおおよその目安らしい。 でもぼ

今日で毎日更新1300日目の最終日。今までありがとうございました!

今日で毎日更新1,300日目。毎日更新は、今日でお終いにします。 毎日更新の最終日なので、今日は自分なりの「毎日続けたことによる変化」をまとめてみたいと思います。 いまも毎日書き続けている人、これから書き続けたいと思っている人の参考になれば。 そして、いつも読みに来てくれていた人たちに、この期間のことを伝えられたらと思います。 ▶ 毎日書いていたから得られたたくさんの嬉しいことnoteをはじめてから、今日までの集計結果。 こうして振り返ってみると、何者でもない文章の素人な

「学校へ行かなくてもいいよ」の先にある未来。

今日、9月1日は夏休みが終わり学校がはじまる日。 この日は子どもの自殺がもっとも多くなる日(自殺対策白書:内閣府)。 子どもたちは、今日という日に学校へ行くことができただろうか? 行きたくない子は、無理せず無事に休むことができただろうか? 今日を、無事に生きのびてくれただろうか。 メディアなどでは「学校に無理して行かなくても大丈夫だよ」というメッセージが飛び交い、学校よりも生命の方が比べ物にならないくらい大切なんだと伝えている。 だけど、子どもにとって「学校に行きたくな

個人ブログは、”伝えること”を楽しんだらいいんじゃない?

Twitterで目にしたこの言葉に、深くうなずきました。 “収益化のためのブログ運営を学ぶのは楽しかった。だけど、心がまったくついていっていなかった。正直なところ自分が自分でなくなり、訳がわからなくなっていた。” ぼくは”文章を書こう”と決めてからの約2年。一日も休まずにnoteを更新しつづけています。 こんなに長続きしているのは、自分が書きたいことしか書いていないからだし、自分が読んでいてできる限り心地よいことだけを書くようにしているからです。 そして、noteを読み

家族と過ごす時間をつくるための時間術〜優柔不断で完璧主義でも定時で帰る方法〜

▷ 優柔不断で完璧主義だと仕事は遅いぼくは仕事が早くはない。 あえて「遅い」と書かなかったのは、ちっちゃなプライドみたいなもので、まあ普通だと思う。 早くない理由はいくつかあるのだけど、シンプルに分析すれば「優柔不断な完璧主義」というところ。完璧主義ゆえに優柔不断になるのか。優柔不断ゆえに完璧主義にならざるをえないのか。 「手を抜くことにもっと真剣になる」というのはわりと意識しているところで、そうしないといつまでも仕事が終わらない。。。 そんな仕事が遅いぼくだけど(面倒

子ども部屋の歴史から成長に合わせた作り方まで。

子ども部屋って面白い。 数多くの子育て家庭のモヨウ替えコーディネートをしていると、いつもそう思います。 子ども部屋って、ただベッドと勉強机を与えておけば万事OKってものでもありません。それは、多くの子ども部屋が物置部屋になっており、学習机が物置台と化しているのを目の当たりにするたびに思うことです。 そもそも、子ども部屋にはどんな歴史があって、どう使われていくのがいいのだろうか。そんなことを考えてみました。 「子ども部屋」の歴史について。 「子ども部屋」のフェーズ(子ども

長続きしなければ、やめたらいい。

「やる!」と決めたことが長続きしないのは、何でだろう。 娘を見ているとそんなことを思ったりします。 「欲しい!」と言って買ったオモチャにすぐに飽きちゃったり。 「やる!」って決めたマイルールをいつの間にかやらなくなってしまっていたり。 「お菓子つくりたい!」と言ってはじめたお菓子作りを途中で飽きちゃったり。 決めたことを、なかなか最後までやり通したり、継続させたりすることができません。 そんなある日、娘に言われました。 「パパ、最近ゲームやってないな?」 ドキッとし

1年間のnoteにはちゃんと大切なことが詰まってた。〜N1グランプリをやってみた!〜

k2020年に書いた370記事の中から、個人的ベスト10を選ぶ「N-1グランプリ2020」にぼくも乗っかってみようと思います。 思えばたくさんの記事を書いてきました。noteだけに限らず、今年は本当に文章を書き続ける一年でした。 noteも「伝えたい」という強い想いで書いたものもあれば、「ねむたい〜」と朦朧とするなかで書いたものもあります。 それでも、書き続けることが楽しかったことと、それ自体にもっと向き合っていこうと思うことができた一年だったことは嬉しく思います。 それ

たった3切れの卵焼きだけが入った、お弁当。

今日の娘のお弁当は、卵焼きが3切れだけ。 いつものお弁当箱に、銀色の余白がすこしさみしい。 たった3切れの卵焼きだけが入った、お弁当。 このお弁当にはちょっとしたわけがある。そして、これは娘が心から望んだお弁当でもあるのだ。 *** 昨日の夜。娘は突然そわそわとし始めた。 「どうしたの?」 「明日の幼稚園が嫌やねん」 娘が「幼稚園が嫌」という場合、たいてい理由は他にある。だからこういうときはじっくりと、彼女の本当の嫌がなんなのかを聞いていく。 「幼稚園の、なにが嫌な

こんなにも、ぼくの幸せのハードルが下がってしまったのは君のせいだ。

妻がこんな投稿をした。 今日は娘が楽しみにしていたプールへ、朝から家族でお出かけしたのです。 その行きしなに、車でコンビニに寄り、軽食やら飲み物やらを買ったときに、ぼくがホクホクになっていたという投稿。•••無意識だったからちょっと恥ずかしい。 とは言え、いったいいつから、なぜ、こんなにもぼくの幸せのハードルは下がってしまったのだろう。コンビニで買い物して幸せなんだから、もう歩いてるだけでまたげてしまうほど、ぼくの幸せハードルは低ラインと言えるかもしれない。 夫婦で幸