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3ヶ月のサイクル

新しい年になって3ヶ月経ったんだなぁ。
ふと、昨日思った。
新年に新しくしたタオルや下着を見て
ふと思った。

3ヶ月ってあっという間だけど
一つの季節が終わる。
変わるって
やっぱりなかなかなことだ。

またここからの3ヶ月。
新しいステージが待っている。

だからこそまた大事にしたいな。
この、サイクルをより意識して
どう過ごすか大事だ!

だとしたら
またそのサイクルに合わせて
下着やタオルも見直してみようかな?
それもいい。

布ナプキンや布ライナーの点検をしたりして
まとめたりしていた。

この3ヶ月を思い出して
う〜むと振り返って。
実に濃い時間と新しいチャレンジを
思い出していた。

身体の不調のサインから
今までのやり方を見直すことになり。

その間にこのnoteも2月から始め、
自己対話をたっぷりして
気づきをどんどんアウトプットして
エネルギーの循環をさせて。

食について見つめ直し
アタマや知識ではなく
身体や心に合わせた食事を
自分でじぶんにギフトする
瞑想のような時間になって
食を通して元気になってきた。

それまでの良いとされていた運動などの
ルーティンも習慣の見直しをして

野口整体に行ったり、
アロマのトリートメントしたり、波動調整して
身体のメンテナンスして
デトックスにより意識をしてお手入れして
大事な土台作りをせっせと励んで。

わたしに合う新しい風をどんどん吹かせて
取り入れていった。

自分の価値に合うもの
心から望むものを与えるチャレンジもしてみたりして

なんだかこの3ヶ月でまるっと見える世界が変わり
わたしの軸はだいぶ安定してきた。

本来のわたしの力を取り戻してきた。
やっとやっとわたしの本来の感覚を思い出して
定着してきた。

そうすると
身近な人的環境も変化を見せてくれて。

まず、息子がよりはっきり自分の気持ちを表現するようになってきた。
自分からこうしたい!と考え伝えてくれることが増えた。
新しいことにもチャレンジしたり
頼もしい。
チャレンジして出来ると
本人の自信にも繋がって
嬉しそうで成長を感じる。

それがわたしにも伝わってきて
嬉しい。

父が亡くなってから
いきなり80歳で初めての一人暮らし
自立を促されている母も
環境が、ぐるぐる変わっている。

自分との、対話をあまり知らない母。
父に頼っていた母
1人での暮らしは不安が尽きず、
本当は2人いる娘たちに
一緒に暮らして欲しいのが望みだったのだろう。

しかし、2人ともまだ子育て真っ最中。
それぞれの家庭事情でそうもいかない。

母の1人暮らしにサポート出来ること
精一杯やれることを!と
それぞれやってきたが。

一年経って母は突破性難聴になり
秋に緊急入院。
おぼつかないふらふらめまいのする状況では
1人ではもう暮らせないとなって。
退院後どうするか?
わたしのいる地域に来るのもありだが
何せわたしはいま小学生の息子1人で子育て中。
まだ手がかかり、両方面倒みなくては!となった時に身体一つしかないものだから
十分なことはできない。
となれば、施設なりプロの力を借りてじゃないと母は見れない。

結局、母は関東を初めて離れた土地
妹のいる地域にマンションを借りて暮らすことになった。
妹は車で、行ききしてサポートして
寒い冬を越えた頃、能登の地震の影響で
母の住む地域にも影響ありで、
マンションの水漏れが起き、何度も補修したけれど、全面工事することになり、住むことが出来なくなって。
いま実家にまた戻ってきている。

そしてまたここからどうするか?が問われている。
田舎の慣れない土地で
妹がいないと、病院にも、行けない。
ずいぶん足取りはしっかりして生活する力は取り戻してきたけれど、
どうもこれでは本来持っている力を逆に奪ってしまいかねない環境のようで。
妹も、家族の問題でゆとりもなく
とても母のことまで丁寧には見てあげられなそうなのは目に見えていた。

そして母はまた決断する時に来ている。
母の身体の不調の、サインちゃんと受けとりなさいとさらに来るのだ。

聞きたくないことたくさんで
耳も根をあげてるのだろう。
本来、敏感な母が
自分の扱いを知らずにやってきて
たくさんの、身体のサイン出してきていた。

今度はいま、目がサイン出している。
見たくない
聞きたくない
そんな環境に身を置いていて
悲鳴をあげてるのが伝わってくる。

私も人一倍敏感だから
キャッチしがちで
時に寝込んだりしてしまうから。

果たしてそれが本当に合っているのかは
本当のところはわからないけど
身体が反応する。

何だかわからないけど
無意識にキャッチして不安になって
過食気味になったり
あちこち痛くなったり
ゲップが出続けたり、頭痛がしたり。
眠くなってさっきも、夕方寝てしまったし。

そんな私だからこそ
境界線が大事だ。

冷たいかなぁ?とか一瞬思ったりもする。

でも、共倒れしては意味がない。
程よい距離感がないと
下手するとわたしの方がダウンして
しまいかねない。

母の本当はどうしたいのかを
こっちに帰って来たから
丁寧に聞きながらきた。

母の今、持っている力を
生活する力を出来るだけ、保ち持ちながら
これからの老後に備えて
安心して暮らしていける場所をこれから
一緒に探そうというところまでは聞けた。

これからあちこちに見学に行ったりして
母の肌感覚に合う土地
場所を
私も一緒に情報も、集めながら
サポートしていくつもりだ。

まだ何も知識も情報もないから
いまここからやりながら
集めながらだけど。

きっと去年の秋のまだグラグラだった私とは
いまは位置が違うから。

ただ巻き込まれて
一緒に共倒れしそうなあの時とは
違うのを感じるから。


またここからそれぞれの自立を目指して。

新しい関係性の構築を目指して
歩んでゆこう。


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