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ガイナーレが実践するGK論


はじめに

ガイナーレの和歌山キャンプの様子を伝える日本海新聞の記事で、『GK強化へ細部を点検 新コーチが指導』という小見出しが目にとまった。

記事には昨季までと異なる練習方法をとっているとあり、今回は何が変化したのかを簡単に紹介していきたい。



GKの境遇

本題へ入る前に、「GK (ゴールキーパー)」というポジションについて考えたいと思う。


突然だが、サッカー・フットサルでこんな経験はないだろうか?

  • GKは動けない人がやる

  • GK役を交代で回す

  • そもそもGKを設定しない


遊びを含めて一度でもサッカーに触れたなら、必ずといってよいほど誰しもが通った道ではないだろうか。

このように日本ではいわゆるフィールドプレーヤーの方が好まれ、GKは避けられてしまうという文化がある。ボールを持ったときのテクニック主義、ときには強烈なシュートを止めなければならないという恐怖心、最後尾という孤独感などがGKが敬遠されてしまう理由だろう。

しかし、良く考えてみてほしい。GKは最後尾で試合の状況をすべて把握でき、何よりペナルティーエリア内ではボールを手で扱えるという最大のアドバンテージがある。よって、味方の失点確率を少しでも下げるために重要なポジションなのは明白だ。

しかしながら、前述を背景にGKを選ぶ人が少ないのが実情。軽視されがちなポジションのためにトレーニング理論の体系化が遅れ、ポテンシャルある選手の成長を阻害しているかもしれない。

故に、日本全国でGKの人材不足に陥っている状況なのだ。(決して今のGKの選手たちを揶揄している訳ではないことはご理解いただきたい)

ガイナーレに着目すると、ブランド力や資金力、地理面で劣る田舎クラブへスター選手は呼べないし、どうしても自前で育てなければならない立場。さらに、近年は成長を遂げた選手の引き抜き頻度が増えているため、効率的に選手を育て上げ、例え引き抜かれたとしても常に高レベルのGKを手持ちにしておける体制づくりが急務だ。要するに、ガイナーレは一般の金満クラブとは異なる戦略でGKの強化を図っていく必要がある。

そこで、その手段としてガイナーレが選んだ道が阿部宏紀GKコーチの招聘と次章で紹介する理論の実践と考えられる。



トレーニングの正体

ジョアン式GK論

前章を踏まえていよいよ本題に入る。冒頭の日本海新聞の記事で触れられていたGKトレーニングの正体は、ジョアン・ミレッ氏 (現 浦和レッズGKコーチ)が提唱するGK論だ。

今季ガイナーレに加入した阿部GKコーチはジョアン氏の弟子に当たる方で、この理論を礎にガイナーレGK陣のレベルアップを図っている。

↓師弟対決実現直後の阿部GKコーチ

↓インタビュー記事 (2024/2/21追記)

ジョアン氏はGK界隈では著名な人物で、近年の有名どころでは、元日本代表の林彰洋選手(仙台)や西川周作選手(浦和)の才能をもう一開花させた実績がある。

つまり、日本トップレベルのクラブと同等レベルで選手の能力を最大限引き出すためのGKトレーニングを、阿部GKコーチの指導のもとここ山陰の地で観られるというお得感。少々話が飛躍し過ぎたように感じたかもしれないが、ガイナーレにとって阿部GKコーチの就任はそれだけのインパクトがあると考えていい。

↓ジョアン氏の人となりやGK哲学


「Por que」による追究

ジョアン式のGK論は、GKに関わる事柄すべてに対して「Por que (なぜか?)」を徹底追究し、体系的にまとめ上げられている。

例えば、ある選手が会心の横っ飛びセーブでコーナーキックへ逃れたとしよう。一見、スーパープレーでチームの危機を救ったように見えるが、果たしてすべてがそうと言いきれるのだろうか?

もしポジショニング、脚の運び方、腕の使い方、などが適切であったなら、実は身体の正面で難なくキャッチできたかもしれない。コーナーキックというピンチでなく、キャッチしたボールを味方に預けて決定機につなげられたかもしれない。

このようなアプローチで「Por que (なぜか?)」を追究しつくした結果、ジョアン式のGK論が生まれた。

従来のGK論も同様の過程で構築されてきたのは間違いないが、特に若手指導者を中心にジョアン式の信仰者が増えているように感じるのは、サッカーという競技の特性から人間の身体構造まで、従来の視点では見逃されるようなほんの些細なことを含めたすべての項目に明確な基準と根拠が示され、理にかなっていると納得できることが多いからだ。

もう少し具体的な例を出すと、GKの心構えから始まり、トレーニングの順番や予定の組み立て方、キャッチングやポジショニングなどの技術面が網羅されている。ここまで話を引っ張りながらたいへん恐縮だが、詳しい内容は後述の書籍で確認してほしい。

一つ問題になるとすれば、従来考えられてきたGK論とは異なる内容が多く、馴染みのGK論が染み付いている現役選手や経験則で指導しているコーチは最初に戸惑うかもしれないこと。ただ、指導を受ける中でジョアン氏が提示する基準と根拠を受け入れられることがほとんだそうだ。

現に、ガイナーレ所属のGK高麗稜太選手も阿部GKコーチの指導を受け始めた当初は戸惑いがあったようだが、今では「理にかなっている、全て吸収したい」と話されている。この理論で成長した選手たちの飛躍していく姿が、理論の説得力を増す要因になっているかもしれない。

少しでも興味が湧いた方、詳しく知りたい方にはジョアン氏の書籍を紹介したい。GK推し、現役選手・指導者など、すべてのGKファミリーにおすすめの2冊だ。地元書店のサッカーコーナーで見かけることも多いので、一度手にとりGKの世界に触れてみてほしい。

↓総論

↓技術編

これらの著書を読んだ経験があると、例えば試合前のGK練習や試合中の選手の振る舞いをみて

「あ、この練習、今のプレーは本で見たことがある形だ!」
「今の失点シーンはこう対応していれば防げた!」

と進◯ゼミ風にマニアックな視点で試合を楽しめる。少なくとも、今季のガイナーレでは。


選手の反応

今季FC大阪から新加入のGK櫻庭立樹選手は、ジョアン氏の指導を過去に受けていたそうだ。このGK論に触れるのは実に3年ぶりとのこと。

ジョアン氏がルヴァン杯の浦和戦で来鳥されれば、阿部GKコーチや櫻庭選手にとってはこの上ない師弟対決となる。

↓感謝を伝える櫻庭選手

↓今季のGKトレーニングはジョアンメソッドと種明かし

↓ルヴァン杯で師弟対決が決まった直後



あとがき

阿部GKコーチの招聘とジョアン氏のGK論で、GK陣のさらなるレベルアップを図ることに舵を切ったガイナーレ。

この方法を取り入れたイコール試合に勝てるとは限らないが、ワンプレーが試合結果に直結するGKの質が上がれば、己のプレーでチームを勝利に導ける確率は必然的に向上する。

今季は日々の公開練習、試合前のGK練習や試合中のGKのパフォーマンス、成長過程にも注目してみてほしい。

そして、この記事をきっかけにGKという特殊なポジションの理解が少しでも深まっていただければ幸いだ。