13月の話(0)

これは私たちが如何にして13月というあの奇妙な時間を過ごすことになったのか、またその時間をどのようにして過ごしたのか、についての手記である。

といっても、その原因を説明することはとても難しい。なぜなら通常それは起こり得ないことであり、"本当に"想定外の出来事だったからだ。でも実際にそれは起こってしまった。起こり得ないことではなかったのだ。説明するしかあるまい。発端は彼女が朝食のトーストを焦してしまったことだった。

断っておきたい。皆さんもご存知の通り、ある事象Xが起こり得るにはAという原因があったからだ。。。というのは正しい。しかし、実際にはA,B,C,D,…という途方もない原因の総体が事象Xを引き起こすのだ。複合要因。そしてその要因の複雑さ、つまり確率頻度の不確定性によってXの予想は困難を極める。つまり、今回もそのケースであったということだ。

彼女がトーストを焦したことは原因Aに過ぎない。その他の要因を一つ一つ述べていくことは重要だろうか。さらに言うと彼女にもトーストを焦してしまったことについて言い訳を述べる権利くらいあるだろう。とにかく彼女がその12月の穏やかな朝にトーストを焦してしまった。しかも2枚も(2枚でも100枚でも結果は同じだっただろうが。いや、そうだろうか?)。そして、その一点を端として事象はいくつかの(尨大な)あり得ないだろうと思われた曲がりくねった道筋を縫うようにして一つの帰結にたどり着いてしまった。

そう、私たちは光速度の0.02%を失ってしまったのだ。

彼女がその黒く焦げたパンをテーブルに運んでから17秒後(17秒後だ!)、アラートが鳴り、それはエンジンの一つが故障したことを伝えていた。

「どうしようか」

彼女は平坦な声で言った。まだ寝ぼけているといった感じだった。おかげで私は彼女がエンジン故障について憂いているのかはたまた目の前の黒こげになった朝食について憂いているのか判断がつかなかったくらいだ。

アラートは止まり、エンジン故障の修復が終わったことを告げていた。"修復"という言葉は適していない。これ以上壊れることがない状態に留まった、が正しい。そして、その状態とはこの船の最高速度が0.0002c失われた状態である。

光速度の0.02%が失われるとはどういうことか。私たちの移動速度が遅くなるということである。移動速度が遅くなるということはどういうことか。他の船と私たちの船の物理的距離が時間に比例して増大するということである。

私たちはこのことについて話し合った。予定であれば、1ヶ月後に母船と合流する手筈であった。しかしながら、私たちの速度では到底間に合わない。AIが一つの提案をした。近くの恒星の重力場を利用したルートに変更することで移動距離が短縮できるとのことだった。しかし問題は残る。移動速度が異なれば、時間の流れ方も変わる。計算結果、速度が遅れている我々が余分に過ごすことになる時間はおよそ1ヶ月だった。

「どうする?」私は彼女に尋ねる。

答えるまでもないという風に「それでいい」とそっけなく返される。

付け加えるように「まあ、なんだか楽しくなりそうじゃん」と振り向く彼女は笑顔だった。

このようにして、私たち二人は本来ならばあり得ない1ヶ月(私たちは13月と呼んだ)を過ごすことになったのだ。


13月の話(0) おわり




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