最後の会話の話

気がついた時、私は橋の欄干に腰掛けていた。

記憶を辿る。そうだ、私は死んだのだった。右腕を失ったはずだが、今の私は五体満足だった。橋はとても高い所に架けられているようで、眼下の遥か下に流れる川が陽の光をいっぱいにうけて川面をきらきらと光らせている。両側は鬱蒼とした森に覆われていた。

私はここがどこであるか分からなかった。

しばらく私は目の前の光景を見るともなく見ていた。どのくらいそうしていたかは分からない。私の左後ろに男が立っていた。

男は私から1メートル程離れたところに私と同じような姿勢で欄干に腰を掛けた。

男は見た所30代半ばといったところで、それなりに綺麗な白いシャツとチノパンを身に付けていた。短く刈られた髪、よく焼けた肌。もちろん男に覚えはなかった。

男はシャツのポケットからタバコを取り出し、慣れた手つきで火をつけた。私にも1本勧めてくれたので断らなかった。タバコなんて何年振りだろう。銘柄はPeaceだった。

しばらく二人して煙をふかしながら橋の下を流れる川や眼前に広がる森を眺めていた。

「彼女のこと」

男が口を開いた。

「大丈夫、彼女は生きている」

「そして、、、、これは慰めにはならないかもしれないけれど、彼女はあなたのことを"もう"愛していなかった。他に女がいたんだ。そして君が死んだ後、彼女はその女と再婚することになる」

「言わない方が良かったかな」

私は曖昧に首を傾けてそれを否定した。

「これで終わりなんですか」

「そう、終わりだね」

次は、、、、と言いかけてその言葉は喉から出てこなかった。

次などはないのだ。男の顔を見て、何故だかわからないけどそう確信することが出来た。

タバコの火が切れかかる。男がそれを橋の下に投げたので私もそれに倣った。

陽が傾きかけている。太陽は山の斜面に引っかかるようにゆっくりと滑り落ちていった。辺りは朱色の染まっていた。

いい時間だった。

「あなたと最後に話せて良かったです」

「そう言ってもらえると僕も嬉しいよ」

少しだけこの風景を目に留めてから、私は欄干から飛び降りた。


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