基本再生産数について(2)
前回のお話
西浦教授の簡易式
(直近7日間の新規陽性者数 ÷ その前7日間の新規陽性者数)^(平均世代時間 ÷ 報告間隔)
上記の式は、西浦教授が複雑なモデルから推定しなくても、簡易に実効再生産数を計算することができる式として提案しているもので、下のサイトなどでも使われています。
この式の意味を考えると、次のように書き換えることができます。
(直近7日間の新規陽性者数 ÷ その前7日間の新規陽性者数)^(1/報告間隔)^ 平均世代時間
この最初の部分は、1日当たりの新規陽性者数の平均成長率を示しています。
新規陽性者数の成長率 = (直近7日間の新規陽性者数 ÷ その前7日間の新規陽性者数)^(1/報告間隔)
そして、実効再生産数は成長率を所与として、次のように表されます。
実効再生産数 = 新規陽性者数の成長率 ^ 平均世代時間
つまり、この式によれば、実効再生産数とは、平均世代時間後にどれだけ新規陽性者が増えているかと等しいということになります。
世代時間とは?
この式がどうして「1人の感染者が感染してから回復(あるいは死亡)するまでの間に新たに感染させる人数」を表すことになるのかを考えるには、世代時間とは何かをまず考える必要があります。
手軽にWikipediaを見てみると、世代時間の定義として何種類か上げられています。ここではその中から2種類を取り上げます。
1.人口が純再生産率に等しいだけ成長する時間
純再生産率とは、人口統計学で使われる用語で、おおよそ基本再生産数と同等の概念です。
そして、この式で導かれるのが世代時間です。これを式変形すれば、定義上、基本再生産数R0を西浦教授の式で導くことができることが分かります。
しかし、この式は基本再生産数から世代時間を計算する方法を示しているだけで、世代時間から基本再生産数を計算するのは順序が逆ではないかと思うのではないでしょうか?
2.親と子の平均的な年齢差
こちらはより直感的な世代時間の概念です。感染症で言えば、同じ日に感染した感染者が、別の人に感染させるまでの時間差のことです。
感染のタイミングを知ることは困難なので、代わりに感染経路が分かっている感染者ペアの発病の間隔(発病間隔)の平均値を取って、平均世代時間とします。
この2つの世代時間は同じもの?
2の方法で計算した世代時間を使って、1の式に当てはめれば、実効再生産数を計算することができます。
これは一見正しそうに見えますが、問題は1と2の2つの世代時間が等しいことが示されなければ、厳密には正しいとは言えません。
しかし、この議論を進めるには、その前に少し寄り道をする必要があります。
より厳密な実効再生産数の計算式
西浦教授の資料には、次の式が挙げられています。
このR(t) が、時刻 t における実効再生産数です。
この式を書き直すと、次のように実効再生産数の計算式が導けます。
右辺の分数の分子は時刻 t における新規感染者数です。では、分母は何でしょうか?
これは現在の新規感染者を感染させた可能性のある現在の感染者の人数を表しています。
例えば、1人の感染者が、翌日から10日後まで同じ確率で誰かに感染させる可能性があり、それ以外では感染させる可能性がないとすれば、g(τ)は次のように書くことができます。
この時、Rtは次のような式になります。
Rt = 今日の新規感染者数 ÷ 前日まで10日間の平均新規感染者数
この式、見覚えがないでしょうか? 前回の基本再生産数についての話の最後に出てきた以下の式と全く同じです。
R0 = 今日の新規感染者数 ÷ 前日までN日間の平均新規感染者数
この式は、計算方法3の別の書き方として紹介したもので、Nは感染期間のことを指していました。
つまり、前回の計算方法3とは、「1人の感染者が、翌日からN日後まで同じ確率で誰かに感染させる可能性があり、それ以外では感染させる可能性がない」としたときの、より厳密な実効再生産数に等しかったのです。
西浦教授の簡易式の解釈
では、「実効再生産数 = 新規陽性者数の成長率 ^ 平均世代時間」は、上の厳密な式の上ではどのように解釈されるのでしょうか?
この式を書き直すと、以下のようになります。
実効再生産数 = 今日の新規陽性者数 ÷ 平均世代時間前の新規陽性者数
これはつまり、g(τ)を次のように書いた時に相当します。
ここまできて、ようやく1と2の世代時間が同じものであるかの検討をすることができます。
2種類の世代時間の違い
まず、仮に真の g(τ) を以下のように仮定します。
この時、「2.親と子の平均的な年齢差」で計算した世代時間は 5 となります。
また、新規感染者数は次の指数関数で増加しているとします。
すると、真の実効再生産数は
となり、「2.親と子の平均的な年齢差」で計算した世代時間を使った簡易計算による実効再生産数は
となります。このように大きな差ができるのは、下図のような計算になるためです。
これは極端な例ですが、一般的に1の世代時間と2の世代時間は一致するとは言えないことが分かります。
しかし、新規感染者数の推移が線形近似できるならば、1の世代時間を2の世代時間で置き換えた簡易計算による実効再生産数が、真の実効再生産数の近似として扱ってよいように思われます。
もうちょっと現実的な g(τ) の推定方法の考察
新型コロナウィルスの感染力が時間とともにどういう推移を辿るかについては、以下のような分析があります。
しかし、これは感染日を基準にしたものではなく、発症日を基準にしたものであるため、g(τ)として使うには感染日を基準にしたものに変換しなければなりません。
潜伏期間(感染から発症までの期間)の分析には以下のようなものがあります。
https://doi.org/10.7326/M20-0504
潜伏期間と感染性の2種類の分布のコンボリューションを計算すれば、g(τ)の大まかな推定が可能になるのではないかと思います。
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