着任後の教育研究に対する抱負

 私が人生のうちで成し遂げたいことは,生きていくための知識と技術について学び,実践し,その学びを他者に伝えることです。そのために,人々がどのようにして自然と共生してきたのか,今後どのようにして生活していくのかを人々の文化や歴史の観点も踏まえて研究し続けたいと考えています。そして,私の貴学への応募理由は,「観光と環境学」という,まさに人間界と自然界の共生を考えなければならない領域で,私の本望である「将来の社会を担う人材の育成」という目標が達成できると考えたからです。
 私は大学や大学院では広く「環境」に関わる勉強や研究を行っていました。その中でも特に,自然再生や緑化工学の分野で,地域に生えている在来植物(地域性種苗)を活用した「次世代の緑化技術」の開発を,地域の業者や研究者,技術者と共同して行っています。現在は,この研究テーマで博士論文を執筆しており,今年の9月に博士(工学)の学位を取得する見込みです。6月中旬に発表される予備審査の結果を待ちながら,本審査と公聴会に向けて準備を進めています。
 普通,緑化には単価の安い外来種が用いられますが,自然公園や自然保護が必要な場所では生物多様性や景観の保全の観点から利用が禁止されています。私たちの調査地である高野山は和歌山の観光名所のひとつですが,そこでは外来種の利用が禁止され,地域の植物による緑化が求められていました。しかし,地域性種苗は外来種に比べて約60倍も単価が高く利用しづらい現状にあったので,私たちの研究チームでは地道に解決するしかないと考えてその課題をひとつひとつ整理し,播種量の削減や種子の発芽率向上,新しい工法の開発,採取機の開発,種子栽培の可能性の検討等を行いました。また,通常「雑草」と呼ばれるススキやチカラシバ等の植物を緑化資材と捉え,その種子を地域の新たな経済資源として地域の緑化に利用することで「みどりの地産地消」という地域の自立した経済システムの構築にも関わると考えました。昨今,地域の観光地化によって景観が劣化する等オーバーツーリズムが問題となっていますが,地域がもともと持っている資源を見直して活用することはオーバーツーリズムの解消だけでなく,地域経済や観光価値の創出・保全にもつながると考えます。
 私は緑化工学や生態学,環境学の視点から「現場」の過去,現在,未来を捉えることができるようになりたいと研鑽を積んできました。その興味は単に環境分野だけにとどまらず,音楽や美術といった芸術,農や食,妖怪といった民俗学,マッサージや癒しの分野にまで視野を広げています。京都のまちはこの全ての要素が詰まった非常に興味深い場所です。過去にはどのような風景が広がっていたのか,現状はどうか,その風景のもとに住む人々はどのように生きて育っていくのか。多岐にわたる分野間で京都のまちを考え,体系的に捉えてその魅力を発信したいです。
 日本の未来において,新しいものを作り出すことも時には必要ですが,より重要なことはもともとある資源をどのように組み合わせて活用するかだと考えます。また,初めての観光地に訪れる観光客の多くはその町が持っている寺社など有形の事物に集まると推測しますが,2回目以降のリピーターを獲得するにはその土地に生きる人がいかに魅力的であるか,それを発信することが重要です。そのためにもその土地に生きる住民への働きかけや,英語力の向上など国際交流を意識した人材育成は重要であり,それが観光業の継続につながると考えます。
 貴学に入学する学生には,対象となる地域の自然や文化を無視せず,現場を見て過去から現在,未来を想像できるように,かつ,文系と理系の複合領域で正当に事物を判断できるようになって欲しいです。学びを強要するのではなく,学びへのきっかけを与えられられるように,そのためにも私自身,精進を重ねる必要があります。学生が健康的なキャンパスライフを送れるように,観察力や研究力,教養力,実践力を身につけられるように,教育の場を提供できれば幸いです。

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