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小説(ショートショート)「大根のお味噌汁」

今月のテーマは朝ごはん、ショートショートの小説です。
良かった読んでみて下さい。



意識の覚醒とともに、木の俎板をリズムよく叩く包丁の音が聞こえ立ち上る味噌の香りを感じる。
目覚ましはかけているけど、何故か大抵いつもそれより早くこの味噌汁の香りで目を覚ます。
今日も、具は大根かぁ。
もうすぐ下の階から母の
「ごはん出来たよ」
って声がするだろう。
半分まだ寝ていたい頭と体を無理矢理叩き起こすようにして立ち上がり着替えはじめる。
うとうとしながら制服のスカートに足を入れ終わった時に案の定
「ごはん出来たよ」
と言う母の声が聞こえた。
「ふぁーい」
下の階にギリギリ聞こえるかどうかという声量で返事をする。
寝起きから大声出せるなんて子供か、なんて私もまだ大人の年齢ではないけどなんて思いながら支度をすすめる。
ごはん出来たという声がかかってもどうせまだ、テーブルに食べる準備なんて出来てないのだ。
母は私が降りてくる時間を見越して早めに声をかけるのである。
私の返事も聞いてるかどうかなどわからない。
着替えが終わって一度口を濯いでから食卓に向かう1年ぐらい前までは、口なんか濯がずに朝ごはんを食べてたけれど、前に寝起きの口内には便を越える菌がいるという話しを聞いてからは食卓に行く前に口を濯ぐのが私の週間になった。

テーブルに着くと白いごはんとやはり大根の味噌汁、きゅうりの漬物に昨日の残りもののイカと昆布の煮物が大きい深皿で置かれている。
これが我が家の朝ごはんの定番である。
「今日も大根なの」
「なあに?なにが良かったの?」
「えー、玉ねぎとかじゃがいもとか」
「そんな事言ってどうせ味わってないじゃない、夕飯で考えとくわ」
そう、この後もまた洗面所へ行き髪を整えて化粧もちゃんとしなきゃ。
この間ほぼすっぴんで登校したら「すっぴんで来るとかないわー」と美緒に言われてしまった。
それに、今日の持ち物も準備が終わってない。
朝は本当になにかと忙しく慌しいのである。
なので、朝ごはんなんて味わっている暇はないのだ、みっともないなんて言われても、ごはんなんて途中から味噌汁をかけてかきこむ始末。
そして玄関のドアを開けて「行ってきます」も早口でおざなりに言いながら駆け出していく。
それが当たり前の日常だった…

会社からの帰り道どこの家からか味噌汁の香りがして、思い出した学生の時の記憶。
一度思い出してしまうと無性にあの大根の味噌汁が食べたい。
私はあの頃の母の年齢を越え、その母は1年とちょっと前に倒れ要介護状態で父がまだ健在の為つきっきりではないものの週に一度は実家に帰り介護を手伝っている。
あーあ、ちゃんと味噌汁の作り方とか教えてもらっておけば良かった。
でも、まあ母も毎日味違ったよな。
なんて、泣き笑いのような気持ちになった。

大根でも買って味噌汁久しぶりに味噌汁作ろうかな。

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