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出会って3か月で死んだ級友と会ってきた。

35年前の夏に交通事故で死んだ級友にあって?きました。

私が、福祉系の学校へ入学して仲間になった彼女はたった三か月で死んでしました。

その彼女は看護を学んだうえで福祉の世界へ足を踏み入れていたので、何となく「人の為に」「障害を持った人の為に」というレベルではなく、”死”と向かい合ったうえでの入学だった。

文書しかり実習態度しかり私たち学生レベルとは一線を画していた。

そんな彼女は夏交通事故で死んだ。

18歳の私には、何をどう理解してよいのか正直分からなかった。

なので、「死んだ」という事実は時間と共に悲しみから記憶の奥底に沈みつつも”仲間”という存在であることは、35年たった今でも健在である。

そんな、たった3か月の付き合いでしかなかった、級友に35年たった今、実家へ行き線香をあげご両親を始めご家族に会ってきました。

35年たった今何故、そんな事になったのか?
人と人との縁は不思議なものです。

全てのスタートは、私の年賀状。

級友が死んで喪が明けてからだったと思う。
何故だからわからいが、年賀状を送り続けた。

PCで年賀状を作成していたので、ズボラな私は友達の住所録を全てチェックを入れ、印刷し投函。

すると、思いもしない文書の年賀状が届く

「以前同じように娘に年賀状をくれてありがとうございます。仏壇に供えさせていただきます。」

正直何とも言えない気分だった。失礼なことをしてしまったのか?それとも本当に喜んでくれたのか?と

私は人の心を読んだり考えたりすることは好きだが、その人が伝えてくれている言葉は、信じることにしているので、年末の年賀状を作成する時期には、迷うことなく年賀状を送り続けた。

35年私にもいろいろなことがあった。
就職、結婚、長女、長男を設けた。
そんな家族のエピソードを家族新聞的な年賀状を送っていた。

その返事には、娘が生きていればこんな感じなのかとお返事もいただいていた。

そんな中今年の年賀状で事件は起きた。

PCのプリンターが壊れ年賀状を送り続けることが必要なのか?相手も送られてきているから送っている節があるから一度やめてみるか。と

すると、そのご両親から年賀状が届かないことで、「何かあったのではないかと心配しています」とのはがきが届いたのだ。

そのタイミングが、ちょっと心身共に疲れていた時だったので自然と涙が出てきた。

接点なんて年賀状だけです。今のご時世私だったら、「時代だもんね」って流してしまうような感覚の「年賀状」一枚のことだが、ほぼ接点のない私にわざわざ手書きのはがきを送っていただくなんて・・・と涙が溢れた。
よく分からないが、その彼女が弱った私を助けてくれたように思えて、すぐに返事のお手紙を書いた。
まるで、深い関係の知り合いのように、悩んでいること、自信を失いかけていることを素直に書き、同時に嬉しかったことも文章にしてお返事を書いた。

「大丈夫です。あなたならば大丈夫です」と応援してくれた。
本当に心に刺さった。

そんなことがあった今年の始め、その学校の中の良いメンバーからその子のお参りをするが一緒にどうかと誘われた。

もう、嘘でも運命を感じる。
即答で「行く」と返事をし、今日行ってきた。

数回しか会っていないのに、まるで親戚が返ってきたようにお母さんが出迎えてくれ、握手をした。

彼女の写真を久々に見て、彼女のことが蘇る。
そして、そこの空気が35年前までタイムスリップしたかの如く話は止まらない。

そしてお母さんは、事故後の警察から電話があった内容を事細かく話してくれ、三年間部屋から出ることが出来なかったことなど話してくれた。

涙が出ないわけがない。
でも何故か、共有してくれたことが嬉しかった。
誰にでも話せることではない。
本当に不思議な縁でつながっている私の家族のようだ。
居心地が良かった。
本当に。

”死”が生んだ”生”の話だと思う。


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