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のらねこ、コーデがキマらない

たとえば、自分のパーソナルカラーが決まったとしますね。
「僕は ブルべ夏 だ!」ってなったとして。

とすると、全部の服をブルべ夏で統一すれば、とりあえずオシャレとしては完結するわけです。
そのオシャレは、無難すぎてつまらなかったりするかもしれないけど、少なくともダサくはなりません。
オワリ。

ただ、もしそれでオシャレ完了だとしたら、“コーデ(コーディネート)” なるものはいつ考えればいいのでしょう?
コーデとは一体何だったんでしょう。
実は本来不要なもので、アパレル業界の策略にハマった人が使う言葉なんでしょうか?

いえいえ。
コーデはパーソナルカラーとは全く関係がないもので、かつオシャレにとって決して不要なものではないのです――。

皆さん、こんにちは。
もしくは初めての方、ありがとうございます。
僕は目標管理Webサービス Project Sylphius の開発・運営をしています、TOMCAT HEART の中島です。

がんばってるのに人生が全然報われず、誰でも幸せになれるなんて嘘っぱちだ、なんて思ってる人。
そういう人達に足りないのが “目標管理” です。

この のらねこに何ができる? は、目標管理スキルさえ覚えれば人生がガラッと好転するのだとお伝えする趣旨のもと、それを証明するために僕自身が自分で計画をたてて自分で実践してきた様々なことを、なるだけ面白くお送りしております。

現在の連載 “のらコーディネーターは何を着る?” では、オシャレな人になっていくために必要なことを、自分がセルフブランディングしたときの記憶を頼りに連載中です。

全体の執筆計画はこちら:
1. 良い印象とは何か、を理解する
2. 自分のパーソナルカラーを知る
3. オシャレには何と何が必要かを理解する
4. コーデとは何かを理解する(今回)
5. コーディネートの設計の仕方
6. アクセントをつけることの重要性
7. オシャレな人と認識されるまでにすべきこと

過去のバックナンバーはこちら

1. コーディネートとは何か

コーディネートをよく知らない人がコーディネートするときは、おそらく “自分がどういう組み合わせが好きか” で考えることでしょう。
だってそうする以外に知識がないですからね。

でも本当は違います。
コーディネートとは、どんな状況で着るかを考えることです。

「そんなの考え方次第だろ」と思われる方もいるかもしれませんが、そういうことじゃありません。
だって、人間はいつも同じ服でいいわけじゃないですよね。

記事冒頭と違うことを言ってしまいますが、そもそもオシャレは場面に見合った服を選ぶ能力も含めてのものであって、自分が着たい服を好きに着ているだけでは不十分です。
そんなことをしていたら、選ぶセンスがどんなにステキでも、周囲の人々に「オシャレだね」とは思ってもらえません。

服は場の状況に合わせて着るものであって、場の状況に合わせた服選びをすることを “コーデを考える” というのです。

2. パーソナルカラーは“どんなキャラになりたいか”

パーソナルカラーの場合は、“ブルべ夏” “ブルべ冬” “イエベ春” “イエベ秋” の4種類から選べばいいものです。
そしてこれは、自分がどんなキャラだと思われたいか または 自分自身がどんなキャラだと思われているか を示すものでした。

パーソナルカラーにおいて重要なのは、あくまであなた個人の周囲に対する印象です。
この地球上の大部分の服は “ブルべ夏” “ブルべ冬” “イエベ春” “イエベ秋” のどれかに分類できるので、自分自身が周りからどう思われたいかによって4つの中から選べばいいわけです。

たとえばこんな感じ。

  • 穏やかな人だと思われたい ⇒ イエベ秋

  • ハツラツとした人だと思われたい ⇒ イエベ春

  • 強い人だと思われたい ⇒ ブルべ冬

  • 爽やか人だと思われたい ⇒ ブルべ夏

パーソナルカラーは、あくまで パーソナルなカラー ですから、自分自身を示します。

でもさ、、、
よく考えたら、世の中常に自分をさらけ出してりゃいいわけじゃないじゃん?
葬式にめちゃくちゃヘビーメタルなトゲトゲファッションで行って「これが俺の弔い方だぜYeah!」とか言い放ったら、とりあえず素の無表情でブン殴られんじゃん?

じゃあどうすりゃいいのよ、って考えるのがコーデです。

3. “常に同じ服”は知的生命体としてNG

冠婚葬祭のケースを例に出すまでもなく、学校に行くとき、渋谷に買い物に行くとき、ちょっといいレストランで食事するとき、友達と遊ぶとき、恋人と遊ぶとき、などなど。
状況によって選ぶべき服は全部違うわけです。

それどころか、深夜に近所のコンビニに行くときですら「見合った服」がありますよね。
仮にパジャマをギリOKだとしても、深夜のコンビニにタキシードで行ったらあきらかに場違いです。
(ま、パジャマコンビニがアウトなのはオシャレ以前だかんね、、、)

つまり、この世の全ての状況にはドレスコードが必ずあるものであって、公共の場において完全自由に服が選べる空間というのは存在しません。
“公共の場” とはそういうものです。
かのヌーディストビーチですら場に見合った服はあって、あの場ではヌードと認識できない程度に着込んだらアウトなのです。

パーソナルカラーでは自分がどんな服を着たいかを考えましたが、状況によってどんな服を着るべきかは、それとは関係がないことなのです。

4. パーソナルカラーに合わせたコーデの作り方

パーソナルカラーがあくまでもパーソナルなカラー(つまり自分がどんなキャラか)を表すのだとすれば、それに対してコーデは出先がどんな状況かを示すもの。

自分自身のキャラクターと、社会の在り様は本質的に無関係です。

戦争大好き・血を見るの大好きなキャラの人は、平和の世にあってもそうあるでしょう。
逆に平和主義者は、戦時中も平和主義者です。

ですので必然的にパーソナルカラーと状況の両方に合わせた服選びが必要になってくるのであって、つまりはそれが “コーデ” なのです。

パーソナルカラーに合わせてコーデを考えるには、まず
“その状況で選べる服の範囲”
を考えます。

お葬式、あるいは制服のある学校では、選べる服の選択肢はほとんどないでしょう。
みんながほぼ同じ服を着ます。
なぜなら、そもそもそういう場所だからです

また、結婚式にお呼ばれするとき、ドレスコードのあるレストランに入るとき、あるいは伝説の ちょっとしたパーティー に参加するとき。
そうした状況では、そんなに色々様々な自由はなくても、多少は選ぶことができるものです。

あるいは日常のお買い物をするとき。これは完全フル自由でいいでしょうか?
ダメですよね。
日常のお買い物には、日常のお買い物に見合った服があります。
冠婚葬祭の場合と比べれば自由度はかなり高いですが、だからといってどこまでも無限に自由じゃないです。
コスプレとかしたら普通に警察呼ばれます。

それから、渋谷・原宿などでデートをするときは、日常のお買い物と同じでいいでしょうか?
もちろんダメですよね。
デートはデートで、見合った服の範囲が決まっています
なおかつ同じデートでも、行き先が原宿のときと、上野の美術館のときとでは選べる服の種類も違うかもしれません。

つまり一般的な状況において、完全に自由に服が選べる状況なんてないんです。
でも、自由がないから自分の好みを入れる余地もないわけじゃなく、決まった範囲でなら選んでよいことがほとんどです。

んで、この “決まった範囲” なるものに、春夏秋冬のパーソナルカラーがあります。
お葬式や学校ですら、完璧に決まってるように見えて、ごくわずかに自由度があります。

つまり、その中から自分のパーソナルカラーの服を選べばいいわけです。
逆にいえば、「僕はこの服がいい! こういうのじゃなきゃ嫌だ!」と好みをガチガチに固めていたら、状況に見合ったコーディネートはできません。
あくまで選べる範囲で選ぶことが重要なわけです。


なんとなくでも、イメージしていただけたでしょうか。
ですがだとしても、いや、だとするとなおのこと、こうも思いますよね。

“選べる選択肢が多すぎるとき” はどうしたらいいのか。
お葬式やビジネスの場は、着る服がほぼ決まってるからいいとして。
とりわけお買い物コーデ、デートコーデなんかは選べる範囲も広く、何を選んだらいいか分からなくなりそうです。

自由度が高すぎるときに、優柔不断な人でもできるコーデの作り方はあるのでしょうか。
てなわけで次週、そのあたりの研究などやっていければと思います。

ではまた。

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ここまでお読みいただきありがとうございました。
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