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サヨナラ シャンパーニュ②

「えぇ、ギムレットは私の一推しのカクテルです。ナンパの導入部分としては、いかんせん失礼ではないですか?」と鈴原絵莉は口角を上げた笑みで強圧的に返事をした。

35年も女性として生きていると、酒の場である程度、良からぬ事を企ててる男に話しかけられることはよくあった。
背伸びをした大学生や、カタカナ語を並べて自分の仕事を語る若手IT社長、物事を多く知ってると自負してる40代の妻子持ちの男性など多くの種類のナンパを受けた。
一応、分別のある大人の女性として一通り話を聞いてあげた後にやんわりと明日には彼氏とのデートがあるからといって、その後の彼らの予定を拒否していた。

この男も、多分にもれず、自分の持っているカクテルの知識でマウントをとってくるタイプだろうと予測した。
「おや、気分を悪くしたのなら謝ろう、私は自分より年下の女性がお酒の知識が疎いと思いこむような浅はかな考えを持つ男ではないと明言しておこう」と回りくどい言い回しで詮索する刑事のような言葉遣いで話した。

「では、なぜ私のような女性にオススメのカクテルなんて尋ねたのですか?」
絵莉は相手の視線を伺うように言った。
「それはもちろん、バーのマナーとしてだよ」「バーのマナー?」と絵莉は首をかしげた。「バーで一人で飲んでる女性には、話しかけない方が失礼だと連れの男に習わなかったのか?」
「それはあなたの固定観念に過ぎないわ、現に私は話しかけられたくてここにいるわけじゃない」と冷静に言い放った。
「そう言い返されては、返す言葉もないな」「降参ってことでよろしいの?」
「バーのマナーについては私の降参だ、しかし、会話の一つや二つぐらいをするのは失礼ではないだろ?」と男は微笑みながら席に座った。
「あなたがこの後どこかを予約してなければいいわ」
「その心配には及ばない、終電の一本前には君は駅のホームで電車を待ってる」
「あら、ずいぶんと紳士的なのね」
「それはもちろん、紳士だからね」
「マスター、このお嬢さんと同じギムレットを」と言ったら、彼は無言で頷いた。

「ここのマスターの名前は高崎 真っていうんだ、こないだの26日に30の誕生日を迎えたらしい、これで平成ボーイもおじさんの仲間入りだってわけだ」笑いながら男は言った。昭和生まれのあなたが言うなと絵莉は少しクスリと笑った。

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