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梅エキスのビンと小学校

外は、日がさす午後の昼下がり、カーテンで日光をさえぎりながら柔らかくなった光を部屋いっぱいに窓越しに受ける。

暑くて作るのも食べるのもおっくうだったが、いざ作りはじめたらたのしくて、お腹も空いてきて、結局たらふく食べる。眠気に誘われながらも、もうひと踏んばりで後片付けをして、ひと段落する。

外で子どもたちが大声を出して走り去るのが聞こえる日曜日。時おりボールが弾む音も聞こえる日曜日。

涼しい部屋でごろんとひと息つくと、かすかに甘い香りがただよってくる。プラムのようなすもものような、でも実際は、そのどちらでもなく梅なのである。

梅エキス(梅シロップともいう)を作っている。梅のへたを爪楊枝でとり、水で洗い、水に浸けてしばらくおく。そこから梅を乾かし、水気をとり、こちらも乾いているビンに穴をあけた梅を入れる。梅の量に合わせた氷砂糖を交互に入れ、とりあえずビンの蓋を閉めておく。

朝起きたとき、真っ先に、この梅エキスのビンをながめている。今は、氷砂糖が溶け、梅と合わさりはじめている。完全に氷砂糖が溶けたら、また次の工程が待っている。わたしは、たまにビンをゆすったり、ビンを手に持ち頭上に掲げながら、浸かり始めた梅の様子をながめたりしている。

朝起きたときだけでなく、なんでもない時間にも梅エキスのビンをながめている。概ね完成は、1ヶ月くらいであり、すぐにできる訳ではないことを知っているが待ち遠しくてしかたがない。待ち遠しくて、よく眺めているところがある。

小学校のころから、地べたに寝っ転がり、梅エキスのビンをながめていた。学校は特別すきなところではなく、わたしはあまり馴染めていなかった。仲のいい友だちも特におらず、お稽古ごとで仲間を見つけていた。

暑い日の集団下校では、たくさん溶けたかなぁと心の中でうきうきしながら、心の中で競歩をしながら、ビンを早くながめたいと思い、帰ってきていた。実際には、氷砂糖が溶けるスピードは目でわかるほどでもなく、変わることなくゆっくり溶けて合わさっていく梅エキスのビンをながめることになっていた。

いつ梅を漬けはじめたのかがわかるラベル。わたしはいつも、そのラベルから一ヶ月後の自分を想像していた。きらいな学校は一ヶ月後も終わっていない。けれども、マラソン大会は終わっていることを知っていた。想像がつかない。

暑い中、体育の時間に、マラソン大会に向けてのマラソンの練習をする。校内のトラックを離れ、農道に出たときの、田んぼの中の一本道。一斉にスタートしたことが嘘であるかのような、一人ポツンととり残されたかのような感覚。自分の呼吸しか聞こえない。頭上には日がきんきんにさしている。「あと何日でマラソン大会です」体育の先生の言葉が何度も頭のなかで繰り返えされる。炎天下の中のラストスパート。必死で木陰のある坂道をのぼり、校内のトラックを目指す。そんな必死な時にも、時おり思い出す、梅エキスのビン。

誰にも言えなかったけれども、できあがるのか待ち遠しくてしょうがなかった梅エキスのビン。梅エキスのビンが家に帰ればあった。


ひとり暮らしをはじめてから、今年、初めて梅エキスを自分でつくっている。日付のラベルをみて、どんな一ヶ月になるのかと想像してみる。今では懐かしい思い出も、梅エキスのおばあちゃんのレシピも、氷砂糖と合わさりはじめた梅のビンも、わたしのお守りになっている。





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