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夜はいつでも回転している

97夜 Revolution 9


プルートーには特殊な能力がある。俺の考えを察知することができるみたいだ。餌とか散歩に関係することだけだけど。冷蔵庫にビールがない。そう言えば今日は雨が降っていたのでプルートーの散歩に行ってないな〜なんて考えているとさっきまでぐうすか眠っていたくせに湿った鼻をこちらにむけて潤んだ目で様子を伺い、もう雨は止んでいて夏が終わりかけて湿気は多いけどなかなか気持ちがいい夜なのでビールを買いに行くついでに散歩でも行くかと思うとプルートーはひと鳴きして玄関に直進する。もうほとんど確信した目で見ている。散歩用のリードを持つのを見ると興奮を抑えられなくて鳴き始める。わかったわかった。
 

湿気が多いせいで夜の景色はぼんやりして見える。もう22時を回っているのでここら辺でやっているのはコンビニしかない。そこへ向かって歩いていると建築途中の家がいくつかあった。まだ家を潰したばかりの更地もあった。ここが前はどんな家だったのか思い出せなかった。何度も通っているのにまるで記憶がない。あるいは夜のせいで何かが景色を曖昧にしているのかもしれない。プルートーが更地になった方へ行きたがった。既に雑草が生えてきている更地の中央に向かってプルートーは臭いを嗅ぎながら進むと音が聞こえた。更地の中心にゴルフカップほどの穴が空いていた。音はそこから聞こえていた。耳を澄ましてよく聴く。聴いたことのあるような声で「ナンバーナイン」と繰り返している。穴の中を覗くと当然のように暗闇だった。暗闇の中に目が見えた。驚いた拍子にプルートーのリードを離してしまった。プルートーは暗闇へ駆け出した。この更地は崖の下にある。その先は行き止まりで崖の壁しかないはずだ。プルートーの名前を呼びながら奥へ行く。穴からは様々な音が漏れていた。プルートーの姿が見えない。更地の外へ行ったなら見逃すはずがない。辺りを探したが見つからない。犬には帰巣本能がある。きっと帰っているはずだと思って家に帰ったがプルートーの姿は見えない。門を開けてドアの鍵穴に鍵を差し込み、開けると目の前にプルートーがいた。何事もなかったように定位置で眠っていた。首に付いているはずのリードは付いていない。ドアには鍵が掛かっていたし門も閉まっていたのでプルートーだけでは入れないはずだった。どうやって入ったのかプルートーに聴いても鼻を鳴らすだけだった。
 

次の日に更地に行って見たが穴もなくあの声も聴こえなかった。あの時見た目が本当は何だったのかわからないままだ。あの目は動物とかではなく人間の目に見えたけれど、それと同時に人間ではないものだろうという気もした。それから暫く経ってあの更地で建築工事が始まった。家はあっという間に出来上がった。そこに全く同じ家が二軒並んだ。穴があった辺りがどこかもうわからなかった。そこへ二組の夫婦が住み一組は女の子が産まれてもう一組は子供はいないままだった。それから何事もなく15年が経ち女の子は高校生になった。子供のいない方の夫婦はもっと大きい家に引っ越して家は別の人に貸すことにした。知り合いのミュージシャンをしている男性が借りることになる。それまで二軒の家は特別な交流のなかった。顔を合わせれば挨拶する程度だった。ある時高校生になった女の子が部屋にいると隣の家から音楽が聴こえた。聴いたことのない曲だった。女の子はミュージシャンと顔を合わせた時に思い切って聴いてみた。「ビートルズって言う昔のバンドだよ」それから女の子はミュージシャンの家に遊びに行くようになった。壁いっぱいにレコードがあった。自分でも何枚あるかわからないと言いながら色々なレコードを聴かせてくれた。それから何ヶ月か経って女の子の妊娠が発覚した。両親は父親が誰なのか訊いても女の子は頑なに答えようとしなかった。絶対に産むと言ってきかなかった。両親は説得を続けたが無駄だった。娘の決意の硬さに負けた。ミュージシャンは引っ越していた。今は中国にいるらしいが連絡はつかなかった。中国に行く時にレコードを何枚かもらった。女の子は貰ったレコードを部屋で聴くのが好きだった。特にビートルズのレボリューション9という曲を聴いていると不気味な曲なのに何故か心が落ち着いた。プルートージュニアを散歩させている時にあの音が聞こえてきて思わず立ち止まった。すっかり忘れていたが聞いた途端に思い出した。確かこの家が建つ前の更地にあった穴の中から聞こえてきた声?曲?と同じだ。プルートージュニアを見るとこちらを見ながら屁をこくだけだった。
 

それから女の子は無事に男の子を産み男の子は成長して前衛音楽をやるようになった。主にヨーロッパで有名になりフランス人の女の子と結婚して日本に帰ることはなかった。それからさらに時が流れて二軒の家は空き家となり取り壊されて更地となった。また更地に穴があってあの音が鳴っているかはわからなかった。なぜなら僕はもうとっくの昔に死んでいるからだ。幽霊になった僕はレコードに針を落とした。プルートーとプルートージュニアが散歩に行きたそうな目でこちらを見ている。


                                                                                    End

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