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夜はいつでも回転している

96夜 コルトレーン


長靴を履いてレインコートを着た子供は高速でインターネットに乗る。これから世界を食べるつもりだ。もしかすると宇宙も食べるかもね。カレー味とかサラダ味とかバーベキュー味とか色々楽しめる。高速で走るインターネットはどこもかしこも毛糸のようにぐちゃぐちゃに絡み合っているように見える。どこももかしこもどこにあるのかわからないけれど複雑ぶった世界の抽象画を高速で見るのも飽きてきた。傘を槍のようにして投げ込む。逆向きに開いた傘は花のようだった。明日か明後日か百年後かには誰かがそれを摘みにくるだろう。インターネットに乗って色々な物を投げ込んでいく。まだ誰も知らないことだけれど、その投げ込んだモノ自体じゃなくて投げ込んだ時にできる波紋は時間を超えている。過去にも未来にも干渉するレーンが無数に存在する。現在だけには干渉しない。当たり前のことだけど現在だけには時間がないからだ。5歳の時には全部わかっていた。5歳の時にはすでにパーティーに飽き飽きしていた。だからインターネットに乗っている。
(*でも5歳の時にわかっていた全てはもちろん全てじゃなかった。全ては常に上書きされている)
 

世界やら宇宙やらを食べるのが目的じゃない。あらゆる人があらゆるモノを高速で投げ込んでいる。みんなそれが過去やら未来やらにどんな影響を与えてるか知らない。それは当然でパーティー中は誰も何も知らないものなのだ。子供だけがパーティーを抜け出せる。波紋だらけの絡みあった抽象画は誰もどうなるのか計算できないと思っている。計算できないと思った時点で計算は狂っていく。計算できると思っているなら未来の自分が計算をしている筈だ。
 

パークハイアットのジャズバーで計算機を鍵盤みたいに叩く大人になった自分を見つける。酒を楽しむ客に向けて一礼しカウンターでジンジャーエールを飲む自分に計算の結果を訊ねると面倒臭そうに応える。「夜も計算も、もう終わることがないんだよ」そう言いながら口に含んだ氷を飛ばした。店内はやけに静かだった。放物線を描いて飛んだ氷は舞台上に置かれたサックスの中へ入っていった。それと同時に演奏が始まった。テナーサックスとソプラノサックスとアルトサックスという編成だった。三人とも同じ顔をしている。ジョン・コルトレーンだった。


                                                                                    End

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