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[回想]貞信さん

 介護のあるべき姿については種々論じられていますが、要介護者の理想というものもあると思います。端的にいえば、すっかり衰えても、介護者のほうが尽くしたくなる人柄です。

 貞信さんは、まさにそんな方でした。
 入所されたのが九十・歳。すでに寝たきりの手前。車椅子で過ごす時間が食後の1時間程度が精一杯という、かなり衰弱された状態でした。レクに参加されたのも、ほんの数回。三ヶ月くらいで亡くなられました。

 しかし、わずかな時間でも人柄はわかりました。
 すごく穏やかでやさしくて、何もされませんから、それ以上、説明が出来ないんですが、こちらにわいてくる気持ちは、感謝なんです。

 たとえると、
 小さな頃、大人になぐさめられたり、褒められたりして、頭を撫ぜてもらったり、抱いてもらったりした、ああいう時の感覚。愛ではない。愛など刺激が強過ぎて、というくらいに、やさしく包まれる感じ。それと絶対に気持ちが変わらないという安心感。

 貞信さんは何もされないんですよ。車椅子にぐったりされてる。でも、こちらを気遣って下さるのがわかる。ご一緒するだけで、ありがたい、もったいないという世界

 それは介護士たちを見ていてもよくわかりました。明らかに貞信さんに対する態度が違う。
 介護士のモラルというかモチベーションというか、正直、平均的には高くないです。むしろ、普通の人よりひどい人が半分くらいいたりする。勤務時間中には、心のスイッチをオフにすることで、ようやく仕事を続けている…… でないと、やってられないという実情が現場にはあったりします。
 ただ、それは介護に限ったことではないとも思います。よく政府からの補助金もらうようになったらダメだという話がありますが、介護保険もたぶんその一つ。お金はなくてもたいへんですが、もらえるお金は相当こわい。

 話を戻しますが、そういう割り切った介護士をも親身にさせてしまう何かが貞信さんにはありました。親身じゃないか。反対ですね。割り切った介護士をも「孝行者」にしてしまうオーラ。
 真似ようとしても真似られませんけどね。あれほどの方は、わたしのお会いした中では、貞信さんお一人だけでしたから。

 貞信さんのプロフィール…… なにしろ、ご一緒する時間が短かったのでほとんど知りません。知ってる範囲で記すと、霞ヶ関におられた方です。五十年前に霞ヶ関があったらの話ですが。
 詳しい身分は知りませんが、定年まで勤め上げられました。女性ではめずらしいですよね? 就職されたのは戦前。
 さぞかし熾烈な競争を勝ち抜かれたのだと思ってしまいますが、貞信さんに限っては、全然、そういう近寄りがたい雰囲気はありませんでした。
 といって、控えめにしていれば、それはそれで排除されていたでしょうから、能力があったんてしょう。ガツガツ競争しなくてもいいほどに。

 今日は、おもしろいことを云わないのか?

 そんな期待にお応えするということでもないですが、最後にレクのエピソードを一つ紹介して終わりたいと思います。

 クイズです。

 その日は、言葉の終わりに「カイ」のつく言葉を出題していました。

「浅いの反対は?」

「低いの反対?」

「硬いの反対?」

「田舎の反対?」

「レッド?」

などと矢継ぎ早に質問を浴びせる。
 おもしろいですよ。うまくやれば、年寄りがノリノリになります。
 簡単な問題で、勢いをつけて盛り上げるだけ盛り上げて、さっと難しい問題を出す。

「かくれんぼするカイは?」

 こういうのは、答えられなくて当然。ナゾナゾですから。
 で、みんなを追い詰めて、場合によっては、いやらしく

「まいったか?」

と居丈だけに詰め寄ったりする。

 海千山千の年寄りに
「まいりました」と云わせるのを、愉しんでました~

 ところが、その日は違った。

 それまで、微笑むだけでひと言も喋らなかった貞信さんが、小さな声でこうおっしゃられた。

「もーいい カイ?」


 伝説が生まれた瞬間……。

 バカはバカなりに相手の実力を値踏みするわけですが、これには参りました。頭の良い人は、こんなバカな問題でも解けるんだと感服つかまつりました。わたしがならず者なら、貞信さんのことをアニキとも親分とも奉ったと思います。

 ただ今回、ひさしぶりにそのことを思い出したわけですが、今にして思えば、そのエピソード、もっと大切なことがありました。

 衰弱した身体で、わたしのことを考えて下さってたんですよね。

 頭が良いから答えられたんじゃなくて、ちゃんとわたしのほうを向いて下さっていたので、答えられた。
 もしかしたら、わたしの思っていることを読み取られたのかもしれません。心というのはそういうものかも。相手にちゃんと向き合えば、相手の思っていることが感じ取れるんじゃないでしょうか

 わたしなんか、その正反対ですから、逆に想像がつきます。バカな者は、どうしてこっちのことがわかってくれないんだと。そこでエネルギーをムダに燃焼させてる……。

 貞信さんは、相手の心にフォーカスされるんだと思います。ちょうど、青山桃己さんが書いておられましたが、「フォーカス」と「執着」は違うと。
恋愛に例えれば、「フォーカス」は愛すること。「執着」は愛されようとすることでしょうか(※詳しくは、末尾の青山さんの記事をどうぞ)。力が最大に働くのは「フォーカス」。「執着」すると、せっかくのエネルギーがダークになる~ そして、「フォーカス」されると、こっちはとてもうれしい。

 十五年くらい前のことです。

 すれ違ったくらいの出会いでしたが、何回、思い出しても、いい時間だったなと思う。つい昨日のように、という云い方がありますが、話が出来そうなくらい。
 今だったら、こんなふうに声をかけてくださるかな。

「あの頃は、ちょっと悩んでたみたいだけど、落ち着かれましたか?」

 さて、どう答えましょう。

「はい。おかげさまで!」 と云いたいところですが、貞信さんにはウソは通用しませんからね。そこは正直に答えるしかないんですが、
 でも、今ならきっと、胸を張って明るく云えます!

「まーだだよ~」



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