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【散文】笑っている君が好き2

若き院長である如月京介は胸の高鳴りを抑えられないでいた。
小学生の頃の初恋の人が目の前に現れたからだ。そして念願の彼女の歯を歯列矯正することになった。夢が叶った瞬間である。

父親の仕事はずっと尊敬してきていた。けれど、自分が家業を継ぎたいとは小学生の頃には露ほどにも考えていなかった。そのときの夢は思い出せないけれど、きっとパイロットや消防隊員とかだった気がする。
ところが転校先で彼女に出会ったことから一変する。
東海林あす香ちゃん。転校して一番はじめに会話を交わした女の子。笑うと出っ歯だったけれど、かわいくて明るい様子にすぐに惹かれてしまった。出会った瞬間からもう好きだった。クラスでも人気者だったし、男女共に彼女は好かれていた。
が、それは自分が発した不躾なひとことで変わってしまう。彼女は明らかに歯並びを気にするようになったし、笑うとき手をあてて笑うようになった。
クラスメイトはそのわずかな差に気づいてなかったけれど、僕は見逃さなかった。だって、好きだったから。
そして僕が話しかけると明らかに距離をとられるようになったし、それどころか嫌われている節もあった。
僕は昔から申し訳ないけど、本当にモテてきたのでいつも周りに女の子がいたから、拒否される経験がなくてショックだった。
中学校は私立に通うことになり彼女と道が分断される。小学生の頃の友達とはマメに連絡をとっていたのは県立に通う彼女の動向が知りたかったからだ。彼女は本当に地味に変貌してしまったらしい。
歯並びが悪くて暗くなった彼女はクラスでも浮いた存在になっただろう。堂々としていた方が生きやすいだろうに、そうした責任は僕にあった。自責の念からずっと気にかかっていたこともあるけれど、思春期になり僕はおかしな夢をみるようになった。彼女の歯をずっと触り矯正に痛がる彼女に興奮しているのだった。そして、段々と美しくなっていく彼女。僕好みの歯並びにずっと変えていく。間近に彼女の歯をみて、息がかかるほどにみつめて、涙目の彼女がやめてくださいと言っても「もうすぐだからね」となだめる。

歯並びが悪い女性ばかりすきになった。が、東海林あす香ほどの興奮は覚えず別に歯列矯正してあげたいとも思わない。自分が彼女の人生を変えてしまった、そしてまた変えたいと思う支配欲がそうさせているのかもしれない。ずっと自己分析しているけれど、わからないままだ。
その答えが出るかもしれない。彼女の歯を触ることによって僕はどうなってしまうのか、冷静でいられるのだろうか。
なんにせよ、彼女が如月矯正歯科を選んだのは彼女も僕を覚えていたからに他ならない。

東海林あす香が受診した日の夜、ベッドに入っても悶々としていた。眠れないと考えていたとき、通信アプリに通知が届く。
ーーお見合い相手だ。
僕は父のすすめで、この前お見合いをした。まったく触手が動かない彼女の返事を適当にする。彼女は院内に勤めるスタッフだった。
お見合い場所に現れた彼女をみて驚いた。移瀬光莉。なんと父に頼んでお見合いをセッティングしたというまさに周りから囲い作戦。あざとい女だと思うけれど誰でもよかったし、体が好みだったから別に問題ないと思って婚約した。けれど今更ながら後悔する。もっと早く東海林あす香が受診してくれれば踏みとどまったのに。

そう、僕は東海林あす香がいるなら断然、彼女と結婚がしたいのだった。
名字がそのままであるから既婚者ではないだろう。ひょっとして彼女も僕のことが忘れられず独身だったのだろうか。
だったらいいなーーそう、夢見ながら如月京介は眠りについた。
そしてまた診察台に固定された東海林あす香の歯をじっくりと眺めるのだった。

つづく?

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