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ガブリエル・夏 18 「ホリデー」

シャワーのあとの、洗濯してある服を着たレイは、マーケットの八百屋に積み上げられた新鮮な野菜の中でも、一際みずみずしく、太陽光線を跳ね返してきらきらする、主役のパプリカみたい。髪の毛のクルクルの端からは、小さなしずくが膨らんで、もう持ち堪えられない大きさの玉になるとぽとんと落ちる。いつか、誰かがレイを好きになって、レイもその子をすごく好きになって、一緒に歩いて、おもしろい話をして、一緒に映画も見て、ご飯も食べて、美味しいとかこの前食べたあれの方がああだったとか言って、昨日読んだ本の話もして、旅をして、何でもいいから2人ですると楽しくて、こんなレイを毎日見て一緒に暮らせる子がいるんだなあ。少しずつ2人の歴史を作って、時々、お互いと巡り会えて一緒にいることを、本当にラッキーと、お天道様に感謝したりするのかな。

「いいなぁ。」

「何が、いいなぁ?」

「Did I say that out loud? Or do you have the special ability to hear other people’s thoughts?  」
「Maybe both. And what was your いいなぁ all about? すごい奥の、奥の奥の奥の方から聞こえてきたよ。」
「そう? 妖怪か何か住んでるのかなー。私の奥の、奥の奥の方に。
 いいなぁ、は、ガブくんの未来。いいことがいっぱいあるよ。なんか今、ちらっと見えた。」

洗濯機を回したし、ちょっと掃除もして、柚たちの朝ごはんも用意できてる。カメに餌もあげた。もういつでも出られる。早く出たい。章が下りてくる前に。

「ガブくん、お母さんに電話した? もう行ける?」

レイは元々持って来ていた少ない荷物と、柚の長いメモをバックパックに詰めた。庭に出て、とうもろこしバッタに、たくさん食べてもっと大きくなれよと言い、その辺にいるはずのツノダ・スーには、またねと言った。研作の紙のカタツムリを、Tシャツの胸ポケットに入れた。ど根性ガエルみたいに、レイとお喋りできるポジション。紙カタツムリはだいぶ気に入られてる模様。2階に行って、柚と研と二言三言交わして戻ってきた。柚から漫画を2冊借りたので、もうレイの小さなバッグパックはパンパンで、はち切れそうになった。

玄関を出ると、2階の窓から柚と研が顔を出して、手を振った。レイが手を振って応える。投げキスのおまけも出た。スターの貫禄。

電車もバスもタクシーも、みんな駅のところから出るので、とりあえず、最寄りの駅へ向かう。まみもは、レイを送ってしまって、レイのいない、夏休みの続きが戻ってくるのを想像して、寂しくなった。眉毛の角度が変わる。家族がいてもいつも感じる、徹底的な孤独感を、レイといると自分のものじゃないみたいに避けておけるのに。レイが今何を考えているのかわからない。さっきの電話でのお母さんとの会話が、頭の中で繰り返されているかもしれない。おなかがいっぱい過ぎて、何も考えていないかもしれない。


「この辺からユートレヒトまで、4時間ぐらいでしょう? 19時の夕飯目指して帰るのでも、15時ぐらいまでこの辺にいても大丈夫なんだね? 21時でいいなら、17時まで! やった。何する?」

「ホリデーの続き。僕のホリデー、昨日始まったところだから。ポルトガルとカナダは、お母さんとお父さんのホリデーで、僕のじゃない。いつもの嫌なことから離れられないのは、全然ホリデーじゃないもん。僕は今日、まみもちゃんとホリデーの続きをする。」

「光栄です! ホリデーと言えば、この辺の人たちはアルプスの山にハイキングとかに行くのかな〜。 は! ガブくんスキーできる?? おとつい、研のアムステルダムの友達一家がね、ホリデー終了で車で帰るのに通り道だからって寄ってくれて、コーヒー飲んで帰ってったの。オーストリアの山の親の別荘に3週間いて、スキーもしてきたって言ってたよ。半袖にジーンズで、手袋して。場所は、あの、オーストリアって右が頭のオタマジャクシみたいでしょ?その尻尾の方にあって、インスブルックとザルツブルクのちょうど間ぐらいなんだって。そこに行く?」 


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