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電車に乗ってきた2人の小学生の話

 帰り道、電車に乗っていたら小学生が入ってきた。男の子と女の子の二人だった。向かいの座席に横並びに座って賑やかにお喋りしている。女の子は靴を脱いで座席に横座りになっている。それくらいの年齢だ。3年生くらいだろうか。私は本に目を落としながら、お喋りのリズムを聞くともなく聞いていた。
 やがてお喋りの抑揚がなくなり、女の子が一人で何か呪文ようなものを詠唱し始めた。やたら早口で、次から次に言葉が出てくる。あまりに不自然なのでYouTubeを再生でもしているのかと思ったくらいだった。内容は聞き取れなかったが、最後に「ありがとう」と言ったのは分かった。ああ、手紙を朗読していたのか。お母さんか誰かからもらった手紙を読んであげてたのかな。早口で棒読みだったけど、男の子に内容を教えてあげてたのか。
 しばらくして、女の子が先に降りる駅に着いたようだった。女の子は「じゃあね、この電車が墜落しないことを祈ってるよ」と憎まれ口を利き、男の子が即座に「電車は墜落しないよ」と返すと女の子は男の子の足を軽く蹴っぽってから出ていった。丁々発止のやり取りである。しかし、女の子の背中に向けて男の子が「さよなら」と言うではないか。それはさすがに冷たいんじゃないか、と思った瞬間、「今までありがとうね。」

 ああそうか、これでお別れだったのだ。あの手紙は女の子が男の子のために書いたものだった。それを本人の前で読み上げてあげたけど、恥ずかしくて早口の棒読みになってしまっていたのだ。たぶん男の子の方が転校するのだろう。最後の日に一緒の電車に乗って、お別れの儀式をしていたのだ。普通小学校なら教室でもお別れの儀式はしたはずだが、きっとこの二人は特別に仲のいい友だちだったのだろう。
 思いがけずとても大切な場面に立ち会ってしまったようだ。ひょっとするとこれはこの二人にとって一生忘れられない印象的なシーンだったのではないか。私は一人残された男の子が泣き出しやしないかと心配にもなったが、何のことはない、本当は自分が涙を堪えるので精一杯だった。こんなに小さな子どもの「今までありがとうね」なんて言葉を聞いてしまったものだから。その声を私も当分忘れられそうにない。

 彼らの未来に幸あれ。

 

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