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コーヒーを飲みに、朝の鎌倉へ

朝の海辺、散歩したい。

水曜日、会社からの帰り道の地下鉄でそう思って、日曜日は鎌倉に行くことに決めた。

鎌倉、かまくら。鎌倉ってなんだかいい響きだな、と頭の中で言葉を転がしていると、元インターン先の同僚が鎌倉に住んでいるのを思い出した。業務の合間に、そこそこよく喋ってた同僚。

連絡してみようかな。そういえば前から、もうちょっと話してみたいなと思ってた。
うーん、とはいえ、いきなり連絡したら驚かれるかな。少し逡巡する。
いやでも、最近の私の信条を思い出せ。「会いたい人には、会いたいときに」だ。

スマホの画面を操作し、SNSを呼び出す。頭の中で「あいたいひとには、あいたいときに」と呪文を唱えながら、「日曜日鎌倉居る?もし居たら会お!」と指を動かし、えい、と送信ボタンを押す。
思い立った時にすぐ連絡できるのは、現代社会のいいところ。

翌日の朝、元同僚から「おー!午前中は多分います、コーヒーでものみましょう!」と返事が返ってきた。

・・・

日曜日の朝7時半。
土曜日の夕方に古本屋さんで買った2008年出版の雑誌と、2年前からのお出掛けのともであるカメラを携え、私は家を出発した。
最近会社に行くときと同じ時間なので、7時半出発はそんなに苦ではない。

駅に着き、会社に行くのとは反対方向の電車に乗る。
途中で運よく席が空いたので、座ってぱらぱらと雑誌をめくる。スイスの森の中でキャンピングカーで暮らす家族の話や、フィンランドの不器用なひとたちの映画の話を読みながら、時々、窓の外をみやる。

電車に揺られながら雑誌をめくる

家を出たときは曇り空だったけれども、だんだんと太陽が出てきていた。開いた雑誌のページが時々照らされて綺麗だ。

電車を乗り換えのりかえ、1時間半ほどで鎌倉駅に着いた。
そのまま、海岸の方へと歩いて向かう。

道中、おなかがすく。
パンかなにか食べたいなあ、と思って、Google mapで「パン」と検索する。出てきたパン屋さんは残念ながら日曜日はお休みだったけど、代わりにでてきたドーナツ屋さんはあいていた。むろん、むかう。

べつばらドーナツのレモンドーナツ

10分ほど歩いて、ちいさな店構えのお店に到着した。お腹がすいてたので、3つください、と店員さんにいう。ゆっくりとていねいに包んで貰って、ほくほくとしたきもちでお店を出る。
海まで食べるの待とうかな?とも思うが、おなかがすいていたので我慢できず、店の前で包みをあけてほおばる。

ふっかふか!
たちまち、しあわせな気持ちになる。
後ろの方で「ドーナツ、ドーナツ!」と家族に言ってる女の子の声がする。これから買いに行くのだろうか。和む。きみが今から食べるドーナツはとっても美味しいよ、と心の中で太鼓判を押す。

シュガードーナツ

そのまま15分ほどまっすぐ歩くと、海に着いた。潮風が心地よい。
ふたつめのドーナツを食べる。シュガー味。あまりの幸せに頬が緩む。

しばらくドーナツ片手に海辺を歩いていると、鎌倉住みの元同僚から「今どこいます?」と連絡が来た。目の前に広がる景色をパシャリと撮り、「海!」と送る。
「笑」「わかりました、向かいます!」と返事が来る。

・・・

海岸線沿いを歩いてると、夏が服を着たみたいな人間が前から手を振りながらやってきた。元同僚だった。サングラスに白いTシャツ、紺色の薄手のカーディガンを肩から斜め掛けにして胸のあたりで結んで笑顔でやってきた。「めっちゃ夏!」と思わず笑ってしまう。

久しぶりに会ったこともあって、会話のはじめの方はややぎこちなかった。

でも、お寺を、裏山を、海辺を一緒にてくてくと歩いているうちに、だんだんと会話のテンポが掴めてくる。気が付いたら、「なにをはなそうかな」「なにを聞こうかな」なんて考えるより前に、話したいことが、聞きたいことがぽんぽんと出てくるようになっていた。こうなってくると、楽しい。

まじめな様子でくだらない冗談を言い、軽い調子で真剣な話を織り交ぜながら、会話は続いていく。こういうふうに会話をできる人間がすべてではないから、と、私はありがたさを噛み締める。

「春ってお天気はいいけどなんかしんどいよねえ」という話、ぱつぱつになってしまって座るときついので、ウォーキング専用になった元同僚のパンツの話、「インターン先のみんなモチベ高そうだけどさ、普通にだるい日あるよねえ」という話、お寺に書いてあった「小さな声で伝えれば、届きます」という文句が良かった話、パリってなんでかそんなに好きになれないよねという話、卒業旅行の前におすすめしてくれたオランダのアップルパイがおいしかった話。

途中、元同僚が「実はゴールデンウィーク、フィンランド行くんですよ」と言ってくるので「えー!いいな!」と騒ぐ。「私もスーツケース入れてって欲しい」「お、入っていきます?」「よっしゃ、リングフィットがんばって軽量化はかるわ」と軽口を叩く。

この日のお天気は最高だった。気温は20度くらい。日差しは眩しいけど、風はまだひんやりとして、気持ちいい。海がきらめいている。
最高だねえ、と言い合いながら歩いた。

paso by 27 coffee roasters のアイスコーヒー

11時くらいになって、元同僚が前から行ってみたかったらしいコーヒー屋さんへと行ってみることになった。店員さんおすすめのアイスコーヒーを頼み、縁側に座る。

縁側に植えられた木々の緑が、風に揺れていて綺麗だった。
「なんか、ぼーっとしちゃいますね」「ね」と言ってふたりでぼんやりとする。人と一緒にぼんやりできる時間の、幸福よ。コーヒーは華やかで、でもすっきりとした味だった。

コーヒーを少しずつ飲みながら「社会人第一週目はなんか、訳も分からず電車で泣いちゃったんだよねえ」と話すと、「ああ、そういうのありますよね。自分たちほんと”20代”って感じっすよね」と爽やかに返ってきた。

なんだか、その捉え方が私にとっては新鮮で。
「そうだよね、20代だもんねえ」と、笑う。
笑って泣いて、生きていけたらいいよね。

コーヒーを飲み終わり、店を出て、海まで歩く。日差しが眩しい。
元同僚が、「ほんと山下達郎みたいな夏の日ですね」とかいうので、山下達郎にそんなに明るくない私は、おすすめのアルバムを聞く。「For youが最高ですよ」と教えてもらう。「りょうかい、あとで聞くね」と伝える。

元同僚は午後は予定があるというので、海の前で別れる。
「またね」「午後も楽しんでください!」「ありがとう。そちらもね!」

一人になったので、さっそくFor you、とYoutubeで検索する。再生ボタンを押すと、あまりにも夏の音楽が流れだすのでびっくりする。イントロから、夏そのもの。そのまま、海辺に座って少しのあいだ風に当たる。

香下庵茶屋のおだんご

そのあとは江ノ電に乗って、北鎌倉でほかほかのお団子を食べた。みつがたっぷりとかかっていて幸せ。

お団子を食べながら、思い切って連絡してみて、よかったなあと思う。とてもいい日曜日のあさになった。

やっぱり、会いたい人には会いたいときに会うのがいいし、やりたいことはやりたいときにやったほうがいいな、と心に刻む。ちょっと緊張したりもするけれども、思い切ってやってみると、いいことがある。

幸せな日曜日だった。なんか、こんなふうに幸せな時間を過ごしてさ、それを忘れてはまた思い出して、また、そこへと向かって。そんなふうに生きていくのみなのかな。と、思う。

お団子屋さんを出て、イヤフォンを耳に差す。山下達郎が流れ出すので、夏を感じながら帰りの電車に乗り込む。
スマホの画面を見ると、「またコーヒー飲みましょう!」とメッセージが来ていた。
散歩友達がふえたな。嬉しいことだ。
うん、また一緒にコーヒー飲んだり、散歩したりしようね、と返信をする。

東京行きの電車が、ゆっくりと発車する。
またね、日曜日の鎌倉。

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