学校警備員をしていた頃 その18

 以前、学校警備の仕事をしてた頃のことについて振り返って思い出せることを書いています。
※ 最初から読みたい方は、学校警備員をしていた頃から読むことをおすすめします。
※ ひとつ前の話→学校警備員をしていた頃 その17

 「全然問題意識がない」
 その日はO小学校が午後だった。
 3時半になったので、警備を終えて控室(道具小屋)に戻ったら、河村校長先生が煙草を吸いに来ていた。
 「この学校の近隣でこないだみたいな事件が起きたらどうする」と聞かれた。
 「こないだみたいな事件」というのは、S区で起きた、中年の男が刃物を持って家に立てこもった事件のことである。詳しい動機などはわかっていないようだ。その事件は、同じS区でも、O小学校からはわりあい離れた場所で起きたので、直接何か対応するということはなかった。
 「警備が終わったばかりのタイミングだったのであまり頭が働かなかった」と言うと言い訳になるが、大変素朴に「なすすべもありません」と答えてしまった。
「それじゃあ、保護者が『うちの子供はどうしてるか』なんて心配して学校に押しかけてきたらどうする」
「そうしたら、学校側の指示に従って、必要な広報などを行います」
「そうだろう。できることはあるじゃないか。全然問題意識がない。もっと勉強した方がいいよ」
 と叱りつけるように言って部屋を出て行った。
 実際にはここから先の話の方が大事だと思うので、ここで出て行ってしまうのは感心できない。校長先生としては面倒くさかったいのだろうか。あるいは、本当に警備士個人の資質向上が一番大切だと考えていて、契約関係の整備の問題など他の視点はそれほど必要ではないと思っていたのかもしれない。そのへんは、他人の頭の中のことなので軽々に断定すべきことではないのだろう。
 でも、出て行かないでその場に校長先生がしばらくいたとしても、「それは、そういうことも言えるかもしれませんが、でも、校長先生、今の言い方だと請負契約ではなく人材派遣のように考えていることになってしまいますよ」等々のことを校長先生相手に言うというのは、なかなか勇気のいることだし、もしかしたら人間関係が悪くなる危険性もある。この種の問題について、立場の違う人が有意義な話し合いをするというのは、難しいことだと思う。
 最初に「~どうする」と質問された時のことに戻るけど、聞かれたらすぐに「事件そのものは警察にまかせるしかないし、まかせるべきなのですが、保護者や生徒の対応については、学校側の指示に従って広報などできることをやっていきます」というのが、そつのない答え方だ。「なすすべもありません」なんて端的で素朴なことを言ってしまってからでは、仮にその後いいことを言ったとしてもなかなかカバーできない。
 これ以外では、「この質問は、『これこれをやる』と端的に答えるのが難しい質問だと思います。それは、教育委員会と会社との契約が大元で、警備士が自分で勝手に判断することではないからです。どういう契約になっているのか、この事件をきっかけに会社によく説明してもらうようにしていきます」という答え方も有力だと思う。
 でも、仕事が終わって「やれやれ」と思っている時に、突然予想していない質問を言われて、ただちにこういった答えを思いつくのは難しい。
 「事件の時に警備士は何をするのか」という内容的なことに戻るが、これは、警察側と学校・教育員会側でよく話し合って、事件が起きた時にそれぞれのやるべきことを確認し、その後、学校が警備士に任せることが決まるのではないだろうか。
 この時の校長先生が言っていたことは、大変失礼ながら、請負契約ではなく人材派遣のように考えていて、契約関係をわかりやすく持っていこうとすることよりも、警備士個人の判断力・人材の能力開発を重視する発想になっていたと思う。前に書いた、生徒が外に出て行った事件のときのT小の近田副校長の考え方に近い。
 でも、校長先生のような言い方をされると、私はかなり頭がにぶくなっているおじさんなのでそんなには気にしないが、若い人だったらどう思うだろうか。もしかしたら「なんだか難しいことを求められている」などと思い、わりとあっさり辞めてしまう人が出るかもしれない。やはり、契約関係を明確にするところから始めた方がいいのではないか。
 ただし、今回のようなやり取りが行われることは、とても稀というか、他ではほとんどないことだと思う。偶然が積み重なって、たまたま出現した会話だ。
 校長先生が煙草を吸いに来る部屋と警備士の控室が同じだという学校など他に聞いたことがない。また、校長先生は、再任用で校長をやっているこのあたりの学校では一番の古株校長で、大真面目にいろいろなことを考えている人だ。あえてこういうことを自分の学校に来ている警備士に聞いてみる、という校長先生は珍しいと思う。
 「地方自治体などが警備会社に委託する学校警備における、請負契約という契約形式になど関する問題点」というのは、こういった事件などの何か珍しいことがないと表面化しない。が、表面化するとなかなか考えさせられる部分が多い。工事現場などと違って歴史が浅いので、まだ参考になる事例も少なく、慣例と言えるようなこともあまりない。考える材料が少なく、これからの課題が多い分野だと思う。

※ 次の話→学校警備員をしていた頃 その19

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