学校警備員をしていた頃 その19

 以前、学校警備の仕事をしてた頃のことについて振り返って思い出せることを書いています。
※ 最初から読みたい方は、学校警備員をしていた頃から読むことをおすすめします。
※ ひとつ前の話→学校警備員をしていた頃 その18

 「言ってる意味がわかりません」
 ある日、仕事が終わって、日報のハンコを副校長からもらうためにO中学の職員室に、行ったら、職員室にはだれもいなかった。
 そこで、事務室にいくと、いつも副校長の代わりにハンコを押してくれる伊藤さんという40歳くらい(推定)小柄な女性はいなかったが、もう一人の事務の田村さんがいた。田村さんは、白髪交じりで50歳くらい(推定)の小太りな男性である。
「報告書のハンコをお願いします」
 と言うと、田村さんがハンコを押してくれた。
「職員室に行ったらだれもいませんでした。ありがとうございます」
「今日は職員会議があるんですよ」
「職員室でやってる学校もありますね」
「職員室でやると、みんな内職するから、会議室でやるようになったみたいなんだ」
「そうですか」
 内職というのは、試験の採点とか書類書き等のことなのだろう。自分の机の前にいれば、「退屈だなあ」と思えばすぐにやるべき仕事の材料を取り出すことができる。会議室でやれば、あらかじめ会議の展開が退屈なものになることを予想して仕事の材料をもっていかなければならない。その違いは大きいのかもしれない。

 別の日に、やはりO中学で職員室にだれもいないことがあり、同じように事務室にハンコをもらいに行った。
 その時は、田村さんと伊藤さんが二人ともいた。
「ハンコをお願いします」というと伊藤さんが「はーい」と答えて、ハンコを押してくれた。二人ともいる場合はいつも伊藤さんがハンコを押してくれる。なんとなくそういう仕事分担になっている。
「今日は、先生方は職員会議ですか」
「そうです」
「内職しないように、会議室でやっているんですか」
「内職ってなんですか」
「試験の採点とか、書類を書くとか」
「言ってる意味がわかりません」
 伊藤さんは、少し不機嫌になったように見えた。
 その時、田村さんがこちらをチラッと見た。「俺以外の人にそれは言わない方がいいよ」と言いたかったのかもしれない。
 私は、この話題については、それ以上は言わなかった。
 田村さんとは、以前帰りの電車で一緒になったことがあって少し話をしたことがある。昨年までは都庁の福祉局にいて、議会での政治家の答弁の用意をしたりする仕事もしていたそうだ。そういったことと多少は関係があるのだろうか。ずっと学校事務だけやっている人に比べると、「知らせてもかまわない情報は外部の人にも知らせていった方がいい」という考え方に傾いているようだ。気さくで、話し好きである。
 伊藤さんの方は、「とにかく、内輪のことは外の人に知らせない方がいい」と思っているらしい。先生方が職員会議中にいわゆる内職をしていることなどは、外部の人に知られたくないようだ。伊藤さんの経歴は知らないが、もしかしたら学校事務一筋できているのかもしれない。
 でも、以上はあくまでも推測である。男性・女性の違いとか年代の違いなども、関係があるのかもしれないし、もしかしたらそういったこととはあまり関係なく一人一人自分なりの考えや感覚を持っているのかもしれない。
どうして、同じ立場で同じような仕事をして働いている人でもこういう違いがあるのか、本当のところはよくわからない。
 考え方としては、伊藤さんの方が学校の事務職としては普通の考え方で、田村さんは、学校の事務職としては標準的とは言い難いが、いわゆる「ひらけた(さばけた)」考え方ということになるのだろうか。今回のことのような内容について、学校の事務職のアンケート調査などがなされるわけもなく、どっちが多数派なのかはわからないが、何人かの事務の人と話した感じでは、伊藤さんの方が多数派のようだ。
 田村さんの考え方の方が、私の立場から見ればつき合いやすいと思うし、また、現在のような内部告発等が流行っている時代には、田村さんのように都合が悪いわけでもない情報は、自分からどんどん出していった方がかえってうまくいく場合もありそうだ。
 「公務員としてこちらが正しいあり方なのだ」というふうな決まったものがあるわけでもないだろう。が、いずれにせよ、こういう小さなことでも同じ場所で働いているお役人の中に考え方・感じ方の違いがある。というのは面白いと言えば面白いし、考えさせられるところである。
 というちょっとした考察をしたが、もしかしたら、ただ単に「内部でお互いに批判するぶんには何とも思わないが、外の人から言われると頭にくる」「自分から言うのと外の人から言われるのとでは違う」という違いによるものだったのかもしれない。

※ 次の話→学校警備員をしていた頃 その20

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