学校警備員をしていた頃 その23

 以前、学校警備の仕事をしてた頃のことについて振り返って思い出せることを書いています。
※ 最初から読みたい方は、学校警備員をしていた頃から読むことをおすすめします。
※ ひとつ前の話→学校警備員をしていた頃 その22

 「タクシー乗り場はどこですか」
 学校警備の仕事がない学校の夏季休業中、『新宿クリエイターズ・フェスタ』の警備、という仕事に行ったことがあった。
 これは、実行委員会及び新宿区が主催の新宿駅周辺を舞台にしたアートイベントで、通り・広場・公園やビルの中に芸術作品が展示されていた。
 作品が壊されたりいたずらされたりしないように、作品の前に立哨したり、作品のある場所を巡回して歩いたりするのが警備士の役目で、我々の3人一組のグループは、それぞれ1時間立哨・1時間巡回・1時間休憩、というローテーションで仕事をしていた。警備業では、これをポストが2つで人員が3名なので「2ポ3」と言っている。
立哨するのは、ビルの中の作品の前で、巡回するのは、いくつかのビルの内外の作品のあるところだった。
 立哨している間は、道を聞かれたりすることもほとんどなかったが、巡回している時はときどき道やタクシー乗り場などを聞かれた。
 30歳くらいの女の人から医科歯科大学に行く道を聞かれたことがあり、その時はわからないので仕方がないからとてもシンプル・バカ正直に「わかりません」と答えた。その人はややむっとして、「そう」と言って去って行った。
 でも、本当にわからないのだから仕方がないことで、できるだけ短時間で次の行動に移れるようにしてあげた方が親切だと思う。この場合は、一般の人に道案内をするのは業務に含まれているわけではなく、道を聞かれて答えるのは一般市民同士のやり取りだと考えられる。だから、知っていれば教えてあげるのが親切だが、知らなければ知らないでそのことを簡潔に伝えればいいと思う。「わかりません」と言わないですます何かいい工夫があればいいのだが、なかなか難しい。

 それから、ビルの中を巡回している時に、「タクシー乗り場はどこですか」と聞かれたこともあった。聞いてきたのは、30代か40代くらいのおばさんだった。
「タクシー乗り場はどこですか」
「わかりません」
「わからないんですか」
「ここをまっすぐ行くと…」
「ここをまっすぐ行くとタクシー乗り場に行くんですか」
「そうではなくて…」
「わかんないんだったらもういいです」
 というやりとりがなされた。人が話している途中で話し出す困ったおばさんだと思ったが、自分の話し方ももう一工夫欲しかったかもしれない。
 この場合は、「わかりません」という言葉は言わないで、最初から「ここをまっすぐ行くと、出入り口の所に出るんですが、そこにこのビルの警備士がいるので、そこで聞くといいと思います」ということをすぐに言った方がよかった。「わかりません」と言ってしまってから次のことを言ったのが、よくなかったようである。
 その後、もう一度そのビルの中で「ビルの近くにバス停はありませんか」と聞かれる機会があった。今度は、いったん「わかりません」と言ってから次のことを言うのではなく、いきなり「ここをまっすぐいったところにこのビルの警備士がいるので、そこで聞くといいと思います」と言ったところ「ありがとうございます」と感謝された。
 学習効果があったと言うべきだろうか。
 繰り返しになるけど、「わかりません」を先に言ってしまうと相手の感情を害することが多い。なので、「わかりません」を言わないで速やかに次のことを言った方がうまくいく確率が高いようだ。
 どうしてバカ正直に「わかりません」を先に言ってしまうかというと、「取引先から依頼されている本来の業務の中に一般の人に道などを教えるという業務が含まれていない。だから、一般人同士という立場で、わかるものに関しては助け合いの精神で教える。わからないことは、『わからない』ということをなるべく簡潔に伝えて、相手が速やかに次の行動に移れるようにしてあげるのが一番親切なやり方だ」という意識があるからだと思う。それは、別に間違っているわけではないと思うのだが、自分が不愉快にならないためにも、そこは一工夫できる場合はした方がいいのかもしれない。
 また、自分で自分が話しているところを見ることはできないが、どうも「わかりません」と言っている時の態度が堂々としすぎていると言うか、あっけらかんとしているらしい。そこにカチンとくる人もいるようだ。それも、「これは本来の業務に含まれていない」という意識に原因があるのだろう。
 相手は、わりと警察官の制服に似ている警備員の制服を着た人を見て、警察官と同じように道案内をするべき立場の人だと無意識のうちに思いこんでいる。でも、こちらはそうは思っていない。そのずれが、ちょっとした摩擦を生む場合がある。
 自分たちのいるビルの警備士がいる場所を教えるというやり方がそれなりに有効なのは、相手が、目の前にいる人が道案内をするべき立場ではないことに気づく、という面があるのだと思う。

※ 次の話→学校警備員をしていた頃 その24

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