学校警備員をしていた頃 その12

 以前、学校警備の仕事をしてた頃のことについて振り返って思い出せることを書いています。
※ ひとつ前の話→学校警備員をしていた頃 その11
※ 最初から読みたい方は、学校警備員をしていた頃から読むことをおすすめします。

 場所を尋ねる人々
 春だったと思う。空が晴れ上がり、いい気候だった。
 いつものように、T小学校の校門で立哨していて、「こんな人もいるんだなあ」という意外と珍しいタイプ(だと私は思う)の人に出合った。
 その人は30代後半くらいに見える肝っ玉母さんみたいな雰囲気の女性だった。自転車に乗っていて、前の荷台と後ろの荷台に小さな子どもを乗せ、そして、背中に赤ちゃんをおんぶし、しかも携帯で電話をしながらの片手乗りだった。
 少子化が問題になっている現代においては頼もしい存在ではあるものの「本人はあれで普通なのかな。でも、見るからにあぶないなあ」と思って見ていた。
 注意しようかなと思ったが、言っても聞かないような気がしたし、自分は学校警備員であって別に道を通る人の交通安全に気をつけるのが仕事ではない。結局何も言わなかった。
 が、「あぶないな」と思いながら見ていたら、その女性は携帯で電話するのを止めて、両手で運転するようになった。
 「警備員に見られている」と思ってやめた(警備員の制服を着ていた効果)のかもしれないが、たまたま電話の話が済んだだけなのかもしれない。どちらなのかは、わからなかった。

 その後、今度は20代半ばくらいに見える体格がよくて目つきの鋭い男性が自転車に乗っていた。
 そして、私の方に近づいてきた。なんかいちゃもんつけられるのかなと思ったが、そうではなく、男は「たけしの家どこ」という質問を放った。
 何のことかわからず、「たけしって誰ですか」と聞き返すと「ビートたけしだよ」と「そんなこともわからないのか」という調子で言った。
 私は知らなかったので正直に「知りません」と答えると「あっそう」と言って去って行った。
 「面白いこと聞く人だなあ」「でも、どうも唐突だったなあ」と思った。この場合、「知らないから『知りません』」で正解なのではないか。学校の警備の仕事をしている人が、付近の芸能人の家を把握し、聞かれたら答えられるようにしておかなければいけない。ということはないだろう。でも、目つきがするどくて体格のいい男だったので少しおっかなかった。

 有名人の家を聞かれたのは、この1回だけだが、学校警備をしていると、たまに「O(町の名前)○丁目○番地ってどのへんですか」と聞いてくる人がいる。
 この場合も「わかりません」と答えることが多い。せいぜい「この場所がO○丁目△番地なので、近くだと思います」くらいのことしか答えられない。
 「わかりません」と言った時の相手の反応は、なぜか「すみません」と言う場合が多い。別に謝ることもないと思うのだが、「番地で聞いたってわかるわけない。無理な質問だったなあ」と気づくのだろう。そうでなければ、黙って去っていくのも気が引けるので何か言いたかったという人が、他に言葉が見つからなかったのかもしれない。
 もっとも、たまに「全然わかりませんか」と聞き返してくる人はいる。これは意外と答えづらい質問で、「その通りです。全然わからないのです」とは少し言いづらいので、「全然かどうかというは言いにくいけど、わかりません」なんていう変てこで苦しそうな言い回しになる場合が多い。
 これに対し、「変な日本語ですな」なんて言う人は今までに一人もいなかった。
 みんなあきらめて行ってしまう。
 別に警備員の話し方が日本語として正しいかどうかなんて、誰も気にしてないのだろう。

※ 次の話→学校警備員をしていた頃 その13

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?