学校警備員をしていた頃 その10

 以前、学校警備の仕事をしてた頃のことについて振り返って思い出せることを書いています。
※ ひとつ前の話→学校警備員をしていた頃 その9
※ 最初から読みたい方は、学校警備員をしていた頃から読むことをおすすめします。

 平然と出て行く女の子
 秋晴れのある日の、たぶん午後2時くらいだと思う。いつものようにT小学校の校門で立哨していると、一人の女の子が、門から出て行こうとした。
 その子は、小学生にしては背が高く、見た感じ身長155センチくらいで、たぶん5年生か6年生だったのだろう。急ぐ様子でもなく、普通の表情だった。
 「さようなら」と声をかけると、返事はしなかったが、別に動揺する様子はなく、堂々と、と言うかごく普通の様子で帰って行った。その時は、「たぶん、何か家庭の事情(お葬式など)で担任の先生に断って家に帰るのだろう」と思っていた。様子に変わったところはなく、トラブルを起こして勝手に帰るという感じではなかった。
 「生徒の下校時の交通安全のこと以外では、外から不審者が侵入しないようにするのが、主な仕事だ」ということを最初にこの仕事を始める時に言われていた。こういった形で下校時間以外の時間に出ていく生徒については何も言われていない。
 その後、担任の先生らしき教員があたふたと校舎から出て来た。そして「今、女の子が通りませんでしたか」と聞かれた。
「通りました」と答えるとその先生は、急いで出て行ったので、「これはまずかったかな」と思った。
 そして、しばらくして、その子を連れて帰ってきた。
「どうもすみません」
 と言うと、その先生は「いえいえ」と答え、女の子を連れて足早に校舎の中に消えて行った。
 それから5分くらいして、近田副校長先生が厳しい表情で校舎から出てきた。
「さっき、出ていく生徒に声かけた」
「かけました」
「なんて声かけたの」
「『さようなら』と言いました」
「そんなこと誰だって言える」と叱りつけるように強い口調で言い、いらいらしている様子で、校舎の中に消えて行った。
 「誰だって言える」という表現が、どうもピンとこなかった。声をかけるのに、警備士でなければ言えないような特別にいい言い方があるわけもない。「警備士さんも君のことを見ているよ」ということがわかればいいので「さようなら」でいいと思うのだが、副校長先生は不満らしい。でも、なんと言って欲しいのかは言わなかった。
 その後、勤務を終えて、日報のハンコをもらいに行く時、近田副校長先生とその話になった。
「先ほどは、どうもすみませんでした」
「ちゃんと、学校のシステム全体を知らないとね。親と一緒でなくて、一人だけで生徒を帰すということはありません」
「…でもかなり珍しいことですよね」
「珍しいことだからこそ、ちゃんと対応しなければいけない」
 そう言われてみればそんな気もするが、ちょっと違うような気もする。システム全体と言われても、どういうシステム全体なのだろうか。「親と一緒でなければ生徒を帰さない」というのもシステムと言えばシステムだが、大事なことは大事だけど知っていればそれですむことで、システム全体という言葉は少し大げさな感じもする。
 その時の副校長の対応は、物事が起きてしまってから、うまくいかなかったことに対し、結果論で他人を非難しているみたいで、どうも感心できなかった。
 また、警備士の仕事は、契約上は派遣契約ではなく請負契約である。建前としては、最初の契約に「一人で帰ろうとする生徒を引き留める」という内容がないのだから、それをやらなかったという理由でいきなり叱りつけるように言うのは、考え方がずれているのではないか、と私は思った。
 
副校長「こちらとしては、ああいう場面で引き留めて、学校側に連絡して欲しいんだけど。会社からはどう聞いていますか」
私「今のところ、一人で出て行く生徒を引き留めることが業務に含まれるようには、聞いていません」
副校長「それじゃあ、こちらでも、他の学校の副校長とか教育委員会の人と副校長会などでこのことについて検討し、その後、教育委員会から会社の方に要望を出すかもしれない。でも、便宜的に当面、この学校では、ああいう生徒がいたら引き留めるようにしてもらえませんか」
私「わかりました」

 というのが、私が納得できるやりとりである。
 それと、「今日のこと以外で、めずらしいことだけど気をつけるべきことには、あとこれとこれがある」ということも言われなかった。近田副校長は、学校警備員の仕事のあり方についてある程度見通しを持っているわけではなく、目の前で起きたことについてただ個人的な意見を言っているだけだと思った。
 仕事が終わり、支社に下番の電話を入れた時に、学校警備の責任者である山田課長が出たので、この出来事について話した。
 山田課長は「それはしょうがないよ。われわれがS区の教育委員会から言われているのは、『外から不審者が入って来ないように警戒することと、それ以外に生徒が下校の時の交通安全を見ている』ということだから」と、自分と同じ意見だった。
 その後、この出来事をきっかけに警備士の業務に、「外へ出ていく生徒への対応」ということが正式に付け加わり、教育委員会から支社の方に要請される、ということもなかった。
副校長会等で話題にして、教育委員会から支社の方に、これについて相談したり要請したりしてもらう、ということはしなかったのだろう。
 近田副校長は、基本的には、「その場で目の前にいる人に文句を言えばそれでよし」と思っているような行動をとるが、今までそれで特に不都合がなかったのかもしれない。それと、「人材派遣ではなく請負契約である」という意識が薄いのだろうか。「契約関係をきちんと整備していこう」という方向に頭が働いていないようだった。
 工事現場の現場監督や親方だと、「これこれの場合はこうして欲しい。珍しいケースだけど、こういうこともあるかもしれない。その時はこうして欲しい」等のことは、事前にちゃんと伝えてくれる場合が多い。これは、警備士を使うノウハウがかなり蓄積されているからだと思う。学校警備の場合は、まだ歴史も浅いし事例が少なく、ノウハウの蓄積が乏しいのだろう。
 「人材派遣契約ではなく、請負契約だが、現場に雇い主側の人間がいて直接話をする機会がある」という状況は、何か事件なり問題なりが起きないと、あまり意識することがない。でも、本当はこの仕事を考える上では一番本質的なところだと思う。

※ 次の話→学校警備員をしていた頃 その11


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