都立野津田高校職員会議の憂鬱 その2

自分が新任教員だった頃のことについて書いています。
※ ひとつ前の話→都立野津田高校職員会議の憂鬱
※ 登場人物の名前はすべて仮名です。

 職員会議の憂鬱 その2 
 その週の後半、ぼくは期末試験の試験問題が一つできたので印刷して鍵のかかる金庫室の大型金庫に収め、生活指導部の職員室に戻ってきた。
「これで一仕事終わったが、もう一つ作らないといけないのでまだ気が抜けない。どんな問題にしようか」と考えていると電話がなった。部屋に自分しかいないので出てみると栗山先生の声だった。
「大事な話があるから体育科に来てみろ」
 栗山先生は30代後半の男性の体育の先生で、長身角刈りで見た目は少し怖いが、生徒思いのいい先生だ。
 ぼくは、その頃30代の前半だった。
 ぼくが教員をしていたQ県の場合、担任を持っていない先生が生徒部とか教務部といった分掌の仕事をして、担任を持っている先生は分掌の仕事はないが、学年の中での係がある。
 そして、ぼくのいたP校では、分掌には教務部・生活指導部・進路部・図書部があり、学年の係には、教務係・生活指導係・進路係・図書係とそれぞれの分掌に対応した係があった。
 栗山先生は1学年の生徒指導係で、生活指導部と学年の生徒指導係で週一回会議があったし、学期に1回くらい生活指導部と学年の生活指導係の飲み会があって多少の接点があったので、言葉遣いもわりあいぞんざいな感じだ。もっとも、それは向こうがこっちに何か言う時で、自分の方が後輩だからこちらは敬語で話す。
 大事な話というのは何だろうか。どうも身に覚えがないが、気になることは早めに知っておくに越したことはないので体育科の職員室に行ってみることにした。
 薄暗い廊下をとことこ歩いて30秒くらいで体育科に着いた。
 ドアを開けると教員が6人くらいいた。
 栗山先生は厳しい顔つきで3枚の紙を差し出した。見覚えある紙だ。
「生徒たちがこれを持っていたぞ。試験問題がもれてしまった。作り直せ」
 栗山先生が持っていたのは、試験問題2枚と解答用紙一枚。さっき印刷した時に使ったやつである。「やっと一つできた」ということで安心して、試験問題と解答用紙の原版を印刷室に置いてきてしまったことに気がついた。それにしても、どうしてそれを生徒が持っていたのか不思議だ。
 でも、栗山先生がそう言うのだからそうなのだろう。なんとなくおかしな感じもしたが、信用するしかないと思い、3枚の紙を受け取って「わかりました」と言いドアを閉めた。
 体育科の部屋の中がざわざわしていて「かわいそうだよ」という女性の教員の声が聞こえたような気がしたが、深く考えず生活指導部の職員室に戻った。
〈変だなー〉
 しかしどうして、生徒が問題・解答用紙を持っていたのだろうか。
 印刷室に置き忘れたとしても、たぶん印刷室の鍵はかけたはず。もしかして、かけたつもりになっていただけでかけ忘れたのだろうか。でも仮に鍵をかけ忘れたにしても、問題・解答用紙を印刷したのはついさっきのことなので、そんな短い時間に生徒がカギがかかっていないのを発見して問題等を持って行くということがあるだろうか。
 それに、生徒が問題等を持っているとしたら、どうしてそんなにたやすく教員にそれを渡してしまったのだろうか。教員に渡すつもりなら、最初から印刷室には入らないのが普通ではないだろうか。最初は問題が手に入ったので持っていき、試験でいい点を取るために生かそうとしたが、途中でバレるのが怖くなって正直に申し出ることにしたのだろうか。そんなことがこの短時間の間に行われたのだろうか。
 それとも、印刷室から問題を持ち出すところを教師に見つかったので、仕方なく教師に渡したのだろうか。
 それと、さっき体育科職員室には教員しかいなかった。問題を持ち出した生徒の指導はもう終わってしまったのだろうか。
 あと、自分がドアを閉めた後で教員がざわざわとしゃべっていた。女性教員の「かわいそうだよー」という甲高い声が聞こえたような気がしたがあれはなんだったのか。
〈うーん、どうも変だなー〉
 その時、電話が鳴った。
〈やっぱりそうか。ひどいいたずらだけど、問題は作り直さないですみそうなのはよかった。もちろん電話に出る前からそうと決まったものでもないが、このタイミングだから、たぶんそうなのだろう〉
 電話に出ると栗山先生の声がした。
「さっきのあれは、生徒が持っていたんじゃなくて、次に印刷室に入った教員が印刷機の上に置いてあったのを持ってきたものだ。次から置きっぱなしにしないように気をつけろ」
「わかりました」
 ここで電話が切れた。謝るのではなくお説教をするところが栗山先生らしい。腹が立ったので抗議しに行こうかと思ったが止めた。
 しかし、教員同士でこういう嫌がらせをするのも困ったものだ。当然のことながら定期試験の問題というのは大変大切なものなので、それをたちの悪いいたずらに使うというのもどうかと思う。もっとも、印刷機のところに原版を置きっぱなしにした自分が悪いとも言えるのだが。
 それと、栗山先生はこないだの米山さんの欠時のことで自分に対して腹を立てていて、それが今回のいたずらの動機の一つになっているのかもしれない。やはり、早めに説明しておいた方がよかったのだろうか。
 体育科に教員が集まっていたのも、自分がどんな反応をするか面白半分見に来ていたのかもしれない。「かわいそうだよー」という声が聞こえていたような気がしたが、こういうことだったんだな、と思った。
 変ないたずらに巻きこまれて時間を損したが、気分を変えて次の問題作成にとりかかることにした。

※ 次の話→都立野津田高校職員会議の憂鬱 その3

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