心の中に住み着いた「将棋君」が暴れだす その38

 元奨励会員の筒美が、将棋指しになれなかった自分の人生を振り返り思い出すことを書いています。
※ 最初から読みたい方は、心の中に住み着いた「将棋君」が暴れだすから読むことをおすすめします。 
※ ひとつ前の話→心の中に住み着いた「将棋君」が暴れだす その37

 代々木ゼミナール中学部教科業務課
 その後、代ゼミの人事部から電話がかかってきた。
 内定には違いないが、試験の成績がよくなかったので大学受験科の教科担当になることはできず、「大学受験科ではなく中学部の教科担当の職員になる」「大学受験科の職員だが、教科担当ではなく一般職員になる」のどちらかを選んで欲しい。ということだった。
 自分は、予備校講師か学校の教員になるつもりだったので将来役に立ちそうな中学部の
教科担当の職員になることを希望した。
 配属されてみると、大学受験科が研究室みたいなところでひたすら教材や模擬試験の問題を作っているのに比べ、さまざまな雑用をしながら教材作成・模擬試験の作成の仕事をするという環境で、教科に関する力は大学受験科の方がつきそうだが、いろいろな雑用を通じて総合的な力をつけるという点では中学部の方が優っていたとも言える。
講師が作った問題をテキストや模擬試験に合うように形式を整えたり、出題ミスや誤字脱字スペルミスなどのチェックをしたりするのが一番主な仕事だったが、それ以外にいろいろと雑用があった。
 問題を作るところを原則として講師の人にやってもらっていたのがどうも面白くなく、あんまり力がつかないような気がしていたが、日々英語の試験やテキストに触れていたので、後で振り返ってみるとそれなりに力はついていたと思う。
 ただし、1学期は授業を持たしてもらえず、2学期からも週1回しか授業を持てなかったので、将来予備校講師とか学校の教員を目指すには向かない立場だった。
 英語以外の面では、不器用で失敗ばかりしていたが、それが勉強になった。
 例えば、プリント類をまとめて紙で縛って外に出しておいたら、縛り方が甘く何枚か風で近隣の家の敷地内に飛んでいってしまい上司からどなられたり。講師の先生から預かったプリントの原版をどこに置いたか忘れてしまって「ない、ない」と探し回っていたら机の上に置いてあるテキストの下に隠れていたり、どうも基本的な実務能力が低く、いつも何かを探しているような仕事ぶりだった。

 中学部の英語科のメンバーは5人で、2人が40前後の中堅、自分も含めて3人が最近入った20代の若手で、その3人で仕事が終わってから時々飲みに行っていた。
 お互いの趣味の話になり、将棋が強くてアマチュア名人戦で全国3位になったことを話したら、「そんな人にはないような能力があるんだったらそれを生かさないと。英語科の中1から中3までのカリキュラムを作ってみたら」と言われた。
「将棋と英語のカリキュラムは関係ないんじゃないかな」
「そんなことない」
「そうかな」
 こんなやりとりがあった。
 その人は将棋についてあまり知らない人だったので、意外と将棋というものは一般の人から評価されているところもあるのかな。と意外に思った。
 その後職場で、教務部という時間割作成等を担当する部署の人と雑談をしていて、やはり将棋が強いということを言った。
「それじゃあ、時間割を作ったらすごい時間割をつくれるかもしれない」
「将棋と時間割作成と関係があるんですか」
「だって将棋は『ああ来るこうやる』と考えるじゃない。時間割作成も『あれをここに持って来たら、こっちはこう動かさないといけない』みたいに考えるから似ていると思う」
 こうしたやり取りだったと思う。ここでも、将棋が強いということが意外にも評価されているようだった。
 が、結局カリキュラムや時間割を作る仕事はまわってこなかった。

 職員同士で連れ立って昼食に行ったり飲みに行ったりした時などに、代々木ゼミナールの今後について話すこともあった。
 当時は本科生が7万人いて、夏期講習や冬期講習では500人くらい入る大教室で締め切り講座がたくさん出るような代ゼミの絶頂期・浪人生文化花盛りの時期だったが、厳しい見通しを持っている人が多かった。
 なんと言っても、18歳人口が減ることは確実だったし、経営方針について疑問を持っている人もかなりいた。
「うちは、18歳人口が減っていくことは確実なのに、なんにも対策を立てていない」
「これから18歳人口が減り受験人口が減っていって、浪人生も減っていくだろう。そうしたら今みたいに儲からなくなる。その時、今たくさんいる20代、30代の職員はどうなるのだろうか」
「うちは、人気講師を集めるということ以外何もやっていない」
「河合塾の上の方の人の方がいろいろと考えているようだ。河合塾はまだ伸びると思う」
「今、20代後半から30代前半の職員がたくさんいるが、その人たちがみんな40代50代になったら、ちゃんとポストがあるのか。給料は払えるのだろうか」
 この時のこうした同僚たちの発言は現在の状況とかなり整合性がある。
 その後の代ゼミは、本科生・講習生の人数が急激に減少し、2014年には全国27校中20校を閉鎖した。
 職員の人員整理も進んでいるようで、毎年年賀状が来る現在50代の元同僚からの最近の年賀状にも「退職しました」と書かれていて、かなりの大胆な人員整理が行われているようだ。
 自分もそのまま代ゼミにいたら、仕事ができる方ではなかったので、40代か50代には確実に人員整理の対象になっただろう。

※ 次の話→心の中に住み着いた「将棋君」が暴れだす その39


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