学校警備員をしていた頃 その41

 以前、学校警備の仕事をしてた頃のことについて振り返って思い出せることを書いています。
※ 最初から読みたい方は、学校警備員をしていた頃から読むことをおすすめします。
※ ひとつ前の話→学校警備員をしていた頃 その40

 メリーさんのブルドッグの歌
 気候のいい春のある日、いつものように校門で立哨していたら、校舎の方から変な歌が聞こえてきた。

 メーリさんのブルドッグ、ブルドッグ、ブルドッグ。
 メーリさんのブルドッグはおいしいな。
 (『メリーさんの羊』のメロディーで)

 「なんだか面白い歌だなあ。どこで歌っているんだろう」と思って校舎の方を振り返ると、3階の窓のところにあった人影がさっと隠れた。
 しばらくすると、また、例の歌が聞こえてきた。そこで、今度はさっきよりも素早く振り返ると、窓の人影も素早く隠れた。
 そんなことが3~4回続いたが、しばらくするとチャイムの音がして、歌は聞こえなくなった。歌っていたのは生徒で、歌っていた場所は廊下の窓の近く、チャイムの音で教室に入ったのだろう。
 その日から、そんなことがよく起こるようになった。
 なんで羊でなくてブルドッグなのかな。「可愛いな」じゃなくて「おいしいな」なのかな。子どもは面白いことを考えるものだ。なんて思いつつ、その歌を聞いたり、さっと振り返って生徒が慌てて隠れる様子を見たりするのが、仕事をしている時の一番の楽しみになった。
 生徒たちは、飽きずに同じ歌ばかり歌っている。よほどあの歌が気に入っているのかな。でも、それにしても変な歌が好きだな。まあ、自分も小学生の頃は『気違いの歌』なんていう変な歌を歌っていたし、人のことは言えないなあ。ああいう変なことが好きになる年頃なのかな。
 なんて思いながら、毎日、楽しく生徒たちの歌を聞いていた。

 歌が聞こえてくるようになって1週間くらいして、いつものように校門で立哨していたら、大人が5年生くらいの男子生徒を5名連れて、校門のところに来た。生徒たちは、やんちゃ坊主みたいなかわいい子供たちで、大人の方は、若い女の先生だった。
 先生が静かに「謝りなさい」というと、生徒たちは「変なことを言ってごめんなさい」と頭を下げながら言った。
 私が「何を言ったんですか」と聞くと、生徒たちはもじもじしていたが、その中の一人が「ブルドッグ」と答えた。
 私は、「ブルドッグの歌は本当に面白いですねえ。毎日あの歌を聞くのを楽しみにしているので、是非とも続けて欲しい」なんて正直に言いそうになったが、それは思いとどまり、「全然、気にしていないから大丈夫ですよ」と言った。
 先生は、「私が発見したので、謝らせようと思って連れてきました」と言い、私はまた、「全然、気にしてないです。わざわざ謝りに来られると恐縮してしまいます」と答えた。
 先生と生徒たちは、お辞儀をしてから校舎の中へ戻って行った。
 その後、あの面白い歌を聴くことはできなくなってしまった。
 「やっぱり、客観的に見れば大人をからかっているみたいな行動だから、ああやって指導しないといけないんだな。学校の先生は大変だな」と思いつつ、「でも、学校警備の楽しみが一つ減ってしまったな。ちょっと残念」とも思った。

※ 次の話→学校警備員をしていた頃 その42



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