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【2月の本よみ】 あれは果たして時間にすると

そこはベンチではないけれど、人が腰掛けるにはちょうどいい段差になっている場所だった。

公園内で美味しいもののフェスなどが開催されている週末は、屋台で買ったものをほおばる人がいたり、子どもにおやつを食べさせながらひと休みしている家族を見かけることもある。

夏の夜には、朝までおしゃべりしていそうな若者たちを見かけたこともあった。


その日は、まだコートは手放せない、でも穏やかによく晴れた冬の昼下がりだった。

声をかけようと近づくと、何かを感じたのか、その方はすぐに本から目線をあげた。


思いっきり、目が合っている。


普通なら「?」や「?!」、もしくは警戒心を持った表情になるところが、この時はそのどれでもなく、むしろその方の表情からはあたたかな何かを感じた程だった。


「読んでいる姿を写真に撮らせてもらってもいいですか?」と聞くと、承諾してくださった。


読んでいたのは囲碁の手筋集。

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二言三言、言葉を交わしたけれど、どんな内容だったかはもう忘れてしまっった。

この時のことを思い出そうとすると、声を掛ける前のお互いばっちり目が合っている瞬間が一番色濃く蘇ってくる。

あれは時間にすると、1秒なかったのか、もしくは 2~3秒あったのだろうか。

それさえも分からない。

なんとも不思議な時間だった。


"目は口ほどに物を言う" ということわざがあるけれど、この方との一番最初のやり取りは、言葉ではなく、視線だった。


text:Tamura Mayo



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