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【6月の本よみ】されど井の深さを知る

朝はいい。街がまだ動き出す前の静けさが、少しひんやりとした空気と相まって清々しい。特に初夏のこの時期は、これからやってくる本格的な夏への期待感がある。


写真の若い男性とはそんな朝の公園でお会いした。動きやすそうだけど洗練された服を着て、カバーを外した文庫本を読んでいる。荷物の少なさから考えても近くにお住まいのようだ。そしていつも通り推測の域を出ないが、その雰囲気からは、その時読んでいた本は男性にとって何度も読み返す一冊なのだろうという印象を受けた。


同じ本を何度も読み返す人は損をしているかもしれない。その時間があれば別の本を読むことができ、今まで味わったことのない読後感が得られることもあるだろう。総務省統計局によると、2018年の書籍の新刊点数は約71000冊で、これは一日平均約195冊の新刊が世に出ている計算になる。その中から興味のある本が1%あるとして、一日2冊読まないと追いつかない。前に読んだ本を再読している暇などない。


それでも一部の人は同じ本を何度も読み返す。自分にとって気持ちがいい文章、時折それに触れることで自分を奮い立たせる言葉など、自分個人にとって大切なことがその本には書いてある。それは他の誰でもなく、自分自身がその言葉を信頼すると決めたものなので、もし未だ知らない本の中にもっと信頼に足る言葉があるとして、それに向けてあくなき探究をする必要がない。本に限った話ではないが、すべての人に等しく時間は有限で、世界の全てを見聞きすることなど誰にもできない。世界があって自分がいるのではなく、自分が手を伸ばしたところまでが世界なのだ、そんな主観主義のほうが、この時代を楽に生きていけるのではないか。そんなことを思った。


朝の穏やかな時間に申し訳ないと思いつつ、撮影させてほしい旨を伝えると、快く承諾してくださった。「何のためにやってるんですか?」という自分たちにもよくわかっていないことを質問され返答に困りつつ、撮影のお礼を言い、辞した。


text : Seiji Kawana

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