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飲食店での修行時代

ホテルのレストラン&BAR

学生時代から様々なアルバイトを経験してきたのですが、20代の時に働かせていただいた横浜のホテルとフランス料理店は後の自分に多大な影響を与えました。

横浜のホテルでは、最上階にある鉄板焼きレストランとBARと少人数対応の宴会場に配属されました。ここで自分の接客サービスに最も影響を与えてくれたバーテンダー兼フロアマネージャーのW氏に出会いました。自分にとっての師匠とも言える方です。

ホテルには多様なお客様が来館されます。宿泊客をはじめ宴会や婚礼の団体客、近隣企業の会議、レストランにはウォークインのお客様も来店されます。


自分が所属していたレストランとBARは価格帯も高かったので、サービスを学ぶ環境としては良かったと思います。所属していた約5年の間に、後に気づくこととなるのですが、言葉遣いやサービスにおける所作などしっかりとした基礎が身につきました。また、ホテルでは設備や備品、食器など高級なものを扱わせていただいたのも良い経験です。

マネージャーのW氏からは専門的な知識を深めることや接客サービスにおけるお客様との距離感を教えていただきました。


この時夢中になって勉強していたのはワインの知識です。まだインターネットも普及していない時代でしたので、書物を読み自分のノートに書き込み覚えていたものです。この頃に覚えたことはなぜか今でも暗記しているものが多いです。10年以上後にソムリエの資格を得ることとなるのですが、この時の知識がかなり役に立つ事となりました。また同時にテーブルマナーなどもよく勉強していました。

接客サービスにおいては、主にホールサービスが多いのですが、注文をとったり料理を運んだりという仕事が主にはなるのですが、大事なのはお客様が今どう感じているかという表情などを見逃さないようにする洞察力だと学びました。意識するだけのことなのですが、なかなかうまくはいきません。やはり必要なのは、どのようなお客様なのか、どのような集まりなのかなど、お客様のことを理解することです。ちょっとした情報を積み重ねて蓄積し、付かず離れずに接客する技術を教えていただきました。

フランス料理店

同じく20代の時ですが、とあるフランス料理店に就職しました。
ちょうどテレビで『料理の鉄人』が放送されていた頃で、フランス料理業界が盛り上がっていました。自分が働くこととなったお店もかなりの有名店で、紹介がないと就職できない状況でした。


お店には独特のフランス料理の香りが詰まっていて、料理も初めて見る食材などその時の自分では想像もできないものばかりでした。もちろん仕事の厳しさも凄まじいものでした。

1年ほどの短い間の仕事でしたが、料理を創り出す高度な技術力とその技術を支える圧倒的な精神力と体力、張り詰めた緊張感など、とにかく密度の濃い時間でした。自分では3年間くらい働いた感覚です。

ここでもサービスを担当していました。36席をホール3名で担当し、料理はコース料理でデザートワゴンで選んでいただくスタイルでしたので、とにかく動きっぱなしです。料理用語はフランス語で!というのも後にかなり役にたちました。


綿密に打ち合わせをして営業に望むことの大切さも教わりました。
このお店で働いた事で、自分の体に一本芯が通りました。この飲食業界でブレない自分のスタイルが築けたと思っています。

東京へ

20代は基礎的なことを長い時間をかけて習得するものでした。接客サービスとは時間をかけて熟成されていくものだと考えています。この頃は若く勢いでこなしていました。おそらくサービス現場での仕事はそこそこの実力にはなっていたと思いますが、次のステップはどうすれば良いのかまだ検討もしていなかったのも事実です。

ところが1999年自分が働いていたホテルの親会社が経営破綻し、会社更生法により新しいオーナーに変わりました。所属していたレストランは閉店となり、自分の意思とは別の形ではありますが、退職し、新天地を求めて、10年以上住んだ横浜から東京へ引越しすることにしました。

ミレニアムに沸く2000年1月1日、舞台を東京に移してのスタートです。

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