INTERVIEW: ティンティン・チェン
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INTERVIEW: ティンティン・チェン

ロンドンをベースに活動をする台湾出身のアーティスト、ティンティン・チェン。彼女は移民のアイデンティティやナショナリズム、ディアスポラなどをテーマに、近年は、何らかの音声に導かれながら場所と物語を体験するツアー形式のパフォーマンスを制作している。東京ビエンナーレでは、千代田区を舞台に第二次大戦で亡くなった幽霊たちの声を聴きながらまちを歩くツアーパフォーマンスを予定している。この作品の構想、そして普段考えていることについて。
インタビュー&文:上條桂子 協力:宮内芽依、花岡美緒

ティンティン・チェンのプロジェクト&プロフィールはこちら
https://tb2020.jp/project/the-nights-of-chiyoda/

見出し画像 On the Desert Island (2017), exhibited at Iniva, London, documented by George Torode

物語を体験する手法としての
オーディオ・ウォーク作品

チェンさんのウェブサイトを見ると精力的に作品を制作されているようですが、初期の作品から最近までで作品にはどんな変化がありましたか? また、近年取り組まれている作品に共通するテーマがありましたら教えてください。

経験を重ねていくことで、作品が深まっていると信じたいですね。そうやって作品を見てもらえればいいなと思います。“経験”というのは、アーティストとしてだけはなく、人としての経験でもあります。11年前の学生時代に制作した作品を振り返ってみると、今でも好きな作品もあるのですが、会話が表面的なものに留まっているような気がします。でも、私が興味を持つテーマは連続しています。私は台湾人として、またヨーロッパに移住してきた者として、移民やディアスポラ(※編注:ディアスポラとは移民コミュニティー一般や離散コミュニティーを意味する。ユダヤ人、ロマ人、華僑などのように国民国家の民族以外の民族が地域を離れて集団アイデンティティーを形成すること)、文化、言語、国民性、アイデンティティなど、あらゆる形の移民やディアスポラに興味を持ってきました。2009年の卒業制作展に出品した初期作品の一つは、ロンドンの留学生、言葉の壁、そして彼らとイギリスとの関係についてのものでした。マンチェスターのCFCCAでのアーティスト・イン・レジデンス期間中に制作した最新作 “A turning away from debates that have not been concluded” は、1998年にCFCCAが開催した会議で起こった議論を再演したものです。それは、文化的な文脈における「Chinese」という言葉の定義に挑戦することでした。そして、私が東京ビエンナーレに提案したプロジェクト「千代田の夜」では、第二次世界大戦中に日本兵として戦った植民地下の台湾人の歴史や、日本で生まれた在日朝鮮人の歴史を訪ねます。また、植民地化の歴史、国民国家、移民、アイデンティティについても触れています。最近の作品が提起する会話が、10年前の作品よりも深いものになることを願っています。

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A turning away from debates that have not been concluded (2019), performed at CFCCA, Manchester, documented by Joe Smith


今回取り組まれる作品「千代田区の夜」は音声に誘われながら、東京の歴史的なポイントを巡るツアー形式の作品を予定していますが、チェンさんのウェブサイトを拝見したら過去にもツアー形式の作品がありました。こうした形式で作品を制作されたのは、いつ頃からでしょうか? ツアー形式で作品を体験することの魅力を教えてください。物語を本で読んだりするのではなく、体を動かしながら能動的に発見していく体験は、演劇的でもあり、非常に興味深いです。

私は昔から作品を「体験する」ことに興味があります。映像を見るために観客に用意された席のような小さな要素でも、アーティストがそれについて意識的になることは重要です。座り心地がいい? 誘導的だろうか? それが作品をどう感じるかを左右する要素だと思います。では、すべての作品が観客にとっての「体験」だとしたら、どのようにストーリーを伝えるのがベストなのでしょうか? 時にはビデオで、時にはテキストで、時にはイメージで、時には声で、時には身体を動かして歩いて、そして時には全部を一緒に使って、物語を伝えたいと思っています。すべてのプロジェクトにおいて、それぞれの物語を伝えるためには、どのような方法が最も効果的/適切なのかを見つけようとしてきました。

私の最初の「ツアーのような」プロジェクトは、ロンドンのアーティスト・イン・レジデンス中に制作した "On the Desert Island"だと思います。図書館(編注;スチュワート・ホール図書館)を舞台にしたオーディオ・マップ/ウォークの作品で、観客はヘッドフォンとmp3プレイヤーを持ち45〜50分の旅に出ます。mp3から流れるBBCのラジオ番組「Desert Island Discs」のスチュアート・ホール教授と司会者のスー・ローリーの会話と観客の頭の中に流れるようなナレーターの声が観客の進む方向を示し、観客は漂着した島を想像しながら図書館の中を歩きます。私はこの作品をとても気に入っています。ある場所から別の場所へ物理的に移動していく過程で、細部に気付き、驚きを見いだす。それは、物語とは「別の」体験を生み出すことだと感じています。物語を「聞く」「読む」だけでなく、「体験する」。このことは他の媒体より優れているとまでは言えませんが、ユニークな方法であると感じています。個人的には、観客を巻き込んで作品を完成させた方が「楽」だと思っています。観客が作品の一部になるのです。

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On the Desert Island (2017), exhibited at Iniva, London, documented by George Torode
https://www.youtube.com/watch?v=KKihLvvs1NE

夜をテーマにされたのは何故でしょうか? また、物語のテーマに千代田区を選んだ理由を教えてください。

東京ビエンナーレについてリサーチをしていたとき、私は対象となるすべての区を調べました。その時に、千代田区の昼間の人口と夜間の人口の差(20倍以上!)に驚いたことが始まりです。なんでなの?と思い始めて、さらに調べてみたら、千代田区には公共機関やオフィス、観光地が多いから昼間は人が集まり、夕方には人が離れていくんだということがわかりました。そんな感じで、この地域のことがよくわかるようになってきて、なんだかゴーストタウンみたいだし、夜に行くと楽しいんだろうな、と思ったんです。

さらにリサーチを進めていくと、靖国神社があることなど、興味深い事実がどんどん出てきました。台湾人にとって、靖国神社は常に物議を醸してきた場所です。子供の頃から、この神社を巡って政治家たちが喧嘩をしたことを覚えています。そして、先ほども述べたように、ナショナル・アイデンティティは私が常に興味を持っているテーマの一つですから。

私はその恣意性に魅力を感じました。私たちは日本人なのか、台湾人なのか、誰が決めることができるのだろうか。そして、“在日”もまた、議論し続けたいトピックの一つです。私はいわゆる「Jus sanguinis」(中国語で血統)を信じたことがありません。国籍というものと、人々が属していると感じる国というものがあると私は思っています。“在日”が日本人とは思われていない(少なくとも一部の人には)という事実には驚きました。すみません、少し言い過ぎたかもしれません。話を戻すと、そう、千代田自体も区内で起こった歴史にも惹かれるものがあったのです。


今回は「東京」の街にダイブする「ソーシャルダイブ」の枠にご参加されますが、東京という街のイメージ、ひいては現代日本のイメージをお聞かせください。

正直言いますと、私は東京にはあまり馴染みがありません。私が最後に東京を訪れたのは20年ほど前、10代の頃でした。10代の女の子として気にしていたのは買い物だけで、もちろん楽しい時間を過ごしたことを覚えています。その旅行で買った服は今でも持っています。そして、最後の日本旅行は、2016年の大阪で、私自身の展示会のために訪れたのが最後でした。2015年にはアジアクリエイティブアワードを受賞したこともあり、東京に行く機会があったのですが、イギリスでビザ待ちをしていたので(これも長い話です)、旅行は断念しました。多くの人と同じように、私の頭の中の東京は、派手で、忙しく、トレンディで、近未来的で、色やシンボルや食べ物に満ちていますが、同時に遠い存在でもあるような気がします。東京での滞在をとても楽しみにしています。私が持っているイメージとは違う街の側面を見てみたいと思っています。


東京ビエンナーレというイベントにどんなことを期待していますか? 各国の様々な芸術祭に参加されていると思いますが、東京ビエンナーレの特徴、他の芸術祭と違う部分は何でしょうか?

ソーシャルダイブというテーマがとても好きです。人間である私たちアーティストがそうであるように、アートも少なくとも何らかの形で社会とつながっていなければならないと思っています。アーティストの皆さんが、展覧会が行われる東京でプロジェクトを作っていくというのは、とてもいいことだと思います。地域とのつながりが大事だと思います。刺激的で、誠実で、参加型で、意味のあるものになることを期待しています。展覧会が終わった後も、コミュニティの中で何か余韻が残るようなものになればいいなと思っています。

土地に潜む幽霊たちの声を
聴きながらまちを歩く

発表される予定の作品の現在の状況を教えてください。どんな作品になりそうですか?

「千代田の夜」では、上記で簡単に述べたように、靖国神社、朝鮮総連、霞ヶ関駅を巡る3つのオーディオ・ウォークを行います。それぞれにスタート地点があり、観客はスマートフォンから音声ガイドをダウンロードしてから、ガイドの指示にしたがって旅を始めます。それぞれ30分程度になる予定です。音声となるのは、土地の周辺に潜む幽霊の声です。それは、彼らが残していった場所かもしれないし、彼らにとって何か意味のある場所かもしれないし、死後に移動した場所かもしれません。第二次世界大戦で亡くなった台湾人の日本兵、日本で生まれ育った在日の方たち、1995年にサリン事件で亡くなった乗客たち。すべての物語を聞いて欲しいと思います。

COVID-19の関係で、具体的なルートの計画をしたり現地調査のために東京に行くことができていません。そこで現在は、台湾の日本兵のインタビュー本である中島光孝著の『還我祖霊-台湾原住民族と靖国神社』、高橋哲哉著の『靖国問題』、村上春樹著の『アンダーグラウンド』、森達也監督の映画『A』『A2』、鄭 義信監督(チョン・ウィシン)の映画『焼肉ドラゴン』、ヤン・ヨンヒ監督の映画『かぞくのくに』など、台湾から入手できる資料を読み漁っています。これらの記事や映像は、主題の知識を構築するのに非常に役に立ちました。調査の後、私は脚本を書き始め、それと同時にGoogleストリートビューを使って作品のルートを大まかに計画したのですが、これが意外と役に立っています。もちろん、東京に来てからは、現地で出会ったものをもとにルートを再設計したり、さらに取材を重ねて台本を書き直したり...と、いろいろと変化があることを期待しています。


コロナが世界中に猛威を振るっている現在、不便を強いられていると思います。コロナをきっかけにどんなことを考えましたか?

ええ、不便なのは同意します。旅が恋しいです。でも同時に、今まで当たり前だと思っていたことを見直し、これからの世界のあり方、さらには自分たちの世界のあり方を見直すために、今までとは違う生き方をしてみる良い機会だとも思っています。


コロナ以後、人の移動が厳しくなると言われていますが、作品にはどんな影響が考えられますか? また、その対策としてどんなことを考えていらっしゃいますか?

それについては実際に考えています。3つのオーディオ・ウォークのうち2つはまち歩き、つまり屋外でのウォークを予定しています。スマホから音声をダウンロードして歩くことも含めて、観客は他人と接触することなくすべてを自分で操作できます。ウォーキング形式の作品は、COVID-19の時代に適した形式だと個人的には思っています。マスクをしていても、体験にたぶん影響はないでしょう。3つのウォークのうちの1つは、地下を予定していて、スタート地点は地下鉄の駅の出口となります。いまのところ観客が地下鉄に乗って別の駅へと移動し、また同じ駅に戻る予定なので、COVID-19の状況によっては作品を変更せざるを得ないかもしれません。でも、地下鉄が動いている限り、作品は成立できると思っています。

さらにCOVID-19の状況は、ある意味では作品にもう一つのレイヤーを加えることになると思っています。COVID-19に感染することへの恐怖が、人と人との間に目に見えない(マスクの場合は目に見える)膜を作っているような気がします。これまでのプロジェクトでは室内での展示であっても、スピーカーではなくヘッドフォンを使用していましたが、私にとってオーディオ・ウォークの形式は、この孤立感の上に成り立っています。誰でもなく、あなただけに語りかけているという感覚を作りたいと思っています。周りにいる物理的な人たちは、今、この瞬間に何が起こっているのかわからない。ちょっとシュールですが、非常に親密な感じがします。人と人との距離感や孤立感が、作品をより面白くしているのだと思います。

一方で、バックアッププランとして、VR版や、自宅から歩いて体験できる動画版を開発するのも面白いと思います。しかし、それは私にとっては物理的な散歩とは全く違った意味で面白いものになると思います。



作品を発表することで社会にどんなインパクトを与えられると考えていますか? また、アートにはどんな力があると思われますか?

素晴らしい質問ですが、答えるのが難しいですね。アーティスト、つまりアートには、社会を思い通りに変えていくための絶大な力があると信じたいのですが、そう楽観視できないこともあります。先ほどのプロジェクト「On the Desert Island」を展示したロンドンの展覧会では、施設の学芸員さんが作品を体験しながら感慨深げに話してくれて、その後も会話をしました。彼女自身がロンドンに移住してきた者として、自分の物語が語られている/聞かされているように、自分がここにいる理由を考えさせられる作品だったと話してくれました。2019年には台湾の台東美術館でレジデンスをしました。そこでは、父の死に関連して宗教とメンタルヘルスについてのプロジェクト「The City Where No One Walks」を制作しました。

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The City Where No One Walks (2019), screened at Taitung Art Museum

映像の中では、自分自身がのセラピストからカウンセリングを受けた経験を手がかりにして、他の要素を繋げていきました。上映会は一夜限りだったのであまり人が集まらず、15人くらいしか来てくれませんでした。3面スクリーンで1時間の映像インスタレーションでした。上映中に観客から涙がこぼれているのが見えました。その後、質疑応答があり、ディスカッション、サポートグループに発展していきました。セラピストにカウンセリングを受けたという経験を共有し、お互いにアドバイスを求め合うようになりました。その中には、セラピストとして働いている人もいましたし、テーマに興味を持ったティーンエイジャーや、夜遊びをしたい家族連れもいました。自分の物語が語られていると感じたとき、自分が提起したい問題が議論されたとき、お互いに話し合って共有し、サポートされていると感じたとき、アートができることをポジティブに感じられる瞬間でした。世界は、敵意、差別、資本主義、不公平が渦巻く恐ろしい場所であり、それは永遠に続くかもしれない。それをアートが変えられるかどうかはわかりません。でも、少なくともアートにできることはあるし、私たちにもできることがある、そう考えています。


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