出産漫画の下書き④「待ってるよリンダ」陣痛ひとばん〜促進剤
あんなに深い眠りは初めてだというくらいに、よく眠った。
夜中もたびたび助産師さんがきて、膣に手を入れたり血圧を測ったりされたけれど、ほぼ眠りの中にいたのであまり憶えていない。寝たまま膣をグリグリされた時もあったと思う。
(昔、保健室のベッドで熟睡した気分に似てる。周りの音や人の声がうっすら聞こえて、自分は夢の入り口で、とても気持ちよくて、半分孤独)
時々意識が戻ると、家で待つ夫と犬のことを必ず考えた。会いたかった。
次に会う時は、立ち会いの時だ。もう2人きりじゃない。3人になってる。そのことがまだ寂しい。
だけど、親になりたくないとは、もう考えてなかった。寝ている間に、いつのまにか、シーンと優しい気持ちになっていた。
.....
窓のないその部屋では全くわからなかったけど、朝を過ぎた。
院長先生が来て膣に手を入れ、「赤ちゃんが止まっちゃったみたいなので、これから促進剤を入れますね。お昼頃に産まれますよ」と言った。助産師さんには「赤ちゃんのお手伝いをしてあげましょうね。ご家族にも、心の準備をって連絡して下さい」
私はまだ眠気の中にいたけれど、それでも周りの空気が変わったのはわかった。
助産師さんが2人組できて、ベテラン風の人が膣に手を入れてながらハキハキと私に言う。
「おおがさん、赤ちゃんの頭ちょっと回しますね」
そのままグイッと何かを動かされた。何かって、頭だろうけど、そんなの信じられない。本当にいるのか、もうそこに。
回診が頻繁になる。促進剤と一緒に、麻酔も足されていく。麻痺して何も感じていなかった陣痛が蘇ってくる。痛くはない、痛くはないけど強い。
強い力がグングンと私を押し始めた。産まれてこようとしている、赤ちゃんの力だ。
私はちっとも痛くないし、ちっとも頑張ってないし、なんなら寝てしかいないのに、自分の力で膣を押す赤ちゃんを感じて初めてわかった。
この子は、今までだってずっと頑張ってたと。
「親になりたくない」とか「まだ夫婦ふたりでいたい」とか私が思ってる間も、ひとりで頑張って育ってた。私が楽しみに待たなかったら、誰がこの子を待っててくれるんだろう。
この子のお母さんは私だけ。産まれてきた時、この子を迎えられるのは私だけ。待ってたよって言ってあげられるのは私だけ。
とっくに、私だけだったのに。
そう気づいて、泣いた。泣きながらお腹に謝ったあと、こう言ってまた寝た。
「待ってるよリンダ、もう出ておいで」
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