出産漫画の下書き③「ただならぬ事が始まる」夕食〜陣痛室で本麻酔
夕食の後、すぐに化粧を落とし歯を磨いた。なんとなくスッピンで産みたかったし、多分これから準備に入るのだろう。サッパリしていたい。
洗面所の大きな鏡にうつる自分を写真に撮った。最後の、大きなお腹。なら横を向いてお腹の山が目立つようにすればいいのに、正面から撮っていた。失敗してる。
そうだトイレにも行っとこうと便座に座ったけど、なぜか膣に力を入れても尿が出てきてくれない。詰まっちゃってる感じ。
もっともっと!とふんばったら、さっき先生に入れてもらったバルーン(子宮口を開く道具)が思いっきり落ちた。ボチャン!と音がしたので、一瞬赤ちゃんを出しちゃったのかと思って心臓が凍った。
看護師さんがビニール袋を持って来てくれて、ホイホイとなんともない顔で片付ける。
「ああ、ここは産院で、私は子を産む直前の患者なんだ」と強く感じた。
別の部屋の人達も、バルーンを落としていたりするんだろう。
......
「おおがさん、そろそろ行きましょうか」と呼ばれて、ベッドと点滴が置いてあるだけの小さな個室に寝かされた。今思えば、あれは陣痛室だ。
手早く点滴につながれる。
「今からまた麻酔を始めます。様子を見に来るので、ゆっくりしていて下さい」と、小声で優しく告げられた。夜7時か8時くらいだったと思う。
さっきまでの麻酔は、ひとまず陣痛を麻痺させるための少量の麻酔だったことにその時気づいた。これからが本番なんだ。
怖い。いや、怖いというか、孤独。この部屋には絵も飾ってない。心拍数を測る機械がドクドクいってるのと、点滴が無音で流れているだけ。
これから、ただならぬ事が始まるって感じがした。
......
夫や友人とLINEをしたり、Twitterを見たりしながら、ただただ横になる。
陣痛のすすみに合わせて麻酔が増やされるので、眠い。ずっと夢の入り口にいた。
30分ごとくらいに助産師さんが来て、血圧を測り、内診をする。下半身が麻痺しているし、破水するかもしれないのでオムツだ。妊婦用に股の部分だけが開くやつ。
それをパカッと開いて、膣の中にぐいぐいと手を入れられるけど、麻酔が効いていて少しも痛くない。圧を感じるだけ。
「気分はどうですか?」「眠いです」「寝ちゃっていいですよ」
そう言って、部屋の明かりが落とされる。
出産は朝方になるかもしれないと言われて、私は静かに、ぼんやりした。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?