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紫陽花-ajisai-

Mash
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雨の匂いがした気がして 窓を開けてみた
空には灰色の重たい雲が広がり 体に湿気が纏わりつくのを感じられた
雨は降っていなかった
いや 降ってはいなかったが 干していた洗濯物は濡れていた
僅かな時間だけ雨を降らせて 雨雲はどこかへ行ってしまったようだ

思えばいつもそうだ
僕は何かにつけて 大事なことに気付くのが遅すぎる
もっと早く気付いていれば 解決していた問題があったかもしれない
何度そのことを後悔しただろう
僕の前から忽然と姿を消してしまった彼女だってそうだ

「貴方は優しいけど 冷たい人なのよ」
居なくなる前日に放った 彼女の言葉が脳裏に蘇った
当時はその意味が分からなかったけれど 今では分かる
どれほど彼女を苦しめ傷つけていたのか
僕は失って初めて気付いたのだ
大事なものを失って後悔することは 何度も経験して来た筈なのに
掬おうとした水が指の間から溢れ落ちていくように
またしても大切なものは 僕の元から離れていった
あれからもう半年が経とうとしている

ふと目を上げると 滴りそうな雨粒を従えた紫陽花が目に飛び込んできた
寒色の花びらに付着した雫は 僕の中に冷たい感情を与えた
それは他ならぬ 自分自身なのかもしれなかった
それでも僕は その美しい花に吸い寄せられるよう ゆっくりと手を伸ばした
すると掌に 小さな感触があった
その感触は広がり
やがてポツポツという音が あたりに響き渡るようになった
普段なら気にも留めない筈なのに
雨が作り出す音楽が妙に心地よかった

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