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パスタ少女とアイドルさま

人生初めての社会人デビューは18歳のころ。

フライパンを握ったことがない少女は、東京に来て"箸で食べる"パスタ屋さんで働くことになった。

毎日、慣れない手つきで、カルボナーラやらペペロンチーノやらを作って、作って、作っては、作品である料理たちが運ばれる様子を、カウンター越しから探るように目で追い、息をのんでは、口の中に届くまでをジーっと見ていた。

笑顔になれば一安心。
無表情のときは内心、ヒヤっとする。

今までパスタなんて作った試しがなく、”彼ら”を食べたいと思ったこともない。そんな、田舎生まれの少女にとって、お客さんが目の前で自分の手料理を食べると表れる無防備な表情は、料理に対する評価だと心得た。

天才的なアイドルさま

一度だけ、近くに実家があるという超有名アイドルが友人とお忍びで、お店に食べに来たことがあった。

地元の青森にいた頃は、いわゆる、芸能人に会ったことがなく、むしろ、おとぎ話にでてくる”架空の登場人物”とばかり、思い込んでいた。

それが、いま、この瞬間、目の前に、いつもみていた”彼”が座って、メニューに視線を落としているなんて、どうしても、目が離せない。

それに、噂には聞いていたけれども、整った顔立ち、美しい鼻筋、キッチンまで漂ってくる華やかなあま~いムスクの香り、そして極め付きのキラースマイル!!!

その日、店中にいたすべての女子が、まぶし過ぎる彼の笑顔に完全ノックアウト!
うっとりしながら、目のかたちがハートマークになっている様子が、じわりじわりと伝わってきた。(イケメンの力、恐るべし…)

わたしも表情こそは冷静だったけど、内心『まさかこんなとこで会えるなんて、、口紅もっと濃い赤にすればよかった!』などと、ぐるぐるグルグル、頭の中で"彼と話すわたし"を夢想していると、アルバイトの子が注文をとってきてくれた。

①【たらこと湯葉のパスタ】
②【ナポリタン】

「どっちが彼の頼んだものでしょうか」

自分でも驚くほど咄嗟にでた、正社員と思えない問題?発言にハッとしながらも、アルバイトの子も目をまぁるくしてニヤリと笑って、こっちですよと教えてくれた。

こっちの方が好きなんだな〜とうなずきながら、さっそくパスタ作りに取り掛かかる。

わたしは、いつも以上に真剣だ。

普段なら目分量で入れる肉やエビ、スープも、今回は一つひとつの重さを0.1g単位まで測り、火を消すタイミングも焦がさないよう、慎重に。

パスタの麺は固まらないように、定期的にしっかりかき混ぜて・・・と大事なわが子を扱うくらい丁寧に、そして完璧な2皿を完成させて、いざ、イケメンアイドルのテーブルへ料理をもっていってもらった。

不安な気持ちのなか、彼らがひと口食べた。

大丈夫かな、、とドキドキしていると、彼らの口元がゆるみ、笑みがこぼれる。肩の力が抜け、大きな安堵とほんの少しの優越感に心がおどった。

さすが、自分を商品にしてるアイドルさまは、わたしたちと同じパスタを食べているだけなのに、まるで花の都フィレンツェで恋人と夕日がきれいなテラスでデートをしているような、優雅さを連想させる。

接客をする女の子たちの様子をみてみると、何かしら理由を付けては彼のテーブルの近くに行き「ここのプリンおいしいの知ってますか~?」「パスタのお味どうですか~?」と、はじめて耳にするような接客フレーズを並べ、なんとか、彼とお話しするチャンスを伺っていた。

まるで、5つ星ホテル顔負けのお・も・て・な・しを見ている気持ちになってきた。

イケメンのパワーは、想像以上らしい。

written by みんちゃん




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