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新編増補 Nの思い出のために

1.

 ハイデッガーばかりでなく現代哲学のどいつもこいつも、オレを踏み台にして乗り超えていきやがってと思うフッサールほど、ニーチェから乗り超えられたと言われるショーペンハウアーの気持ちがわかる者はいなかった。

 人の悪いところばかり言いたがるマルクスは得意げにプルードンを批判するのに似て、戦前の白樺派はマルクス主義者からお笑いの対象になった。
人の悪いとこばかり取って、自分たちを正当化するのは西欧文化から来た資本主義も共産主義も、一神教のキリスト教が逆立して世俗化したものと思えば納得できた。

 前の世代を批判して現在を主張する。

( 父親を乗り越えたい息子のように、娘もお母さんのように生きたくないといい、芸能界も前世代を批判してジャズからロカビリー、グループサウンズ、フォーク、ニューミュージック、それから其れから......., )


 でもハイデッガーやニーチェ、マルクスでたしかに発展したものもあれば利用されたものあり、乗り超えていった者と乗り超えられた者の間に世代の考えの違いだけでなく、お互いの長所と短所の裏返しだった。
ともにインスピレーションを与えた。

 天からの雨、大地の塩
男と女
孔子と老子
ロマン主義と現実主義
プルードンとマルクス
実存主義と構造主義など

 マルクスの見直しにプルードンが復活して、いまでは政治関係者の方々でも白樺派を笑わないように、ニーチェよりもショーペンハウアーに影響受けたのは、前も言ったように萩原朔太郎や志賀直哉ばかりでなく、現代の巨匠ボルヘスも影響されたらしい。

 それにしても杜甫や李白の影響なしに和歌が語れないように、日本文学史にニーチェとショーペンハウアーが影響を与えたのは計り知れなかった。
なるほど、俳人の中村草田男は『ツァラトゥストラ』を原書で4回も読んだのか、うーむと歌人で劇作家だった寺山修司は何事かつぶやいていた。
文章を書く人で、二人の文章を垣間見たことがないというのは、ジャズやロックをやっている人が、古いからと言ってチャーリー・パーカーやビートルズを聴いたこともないというのに似ていた。

 こうして長所短所を乗り超えて、やがて人類の遺産となった、だからと言って過去のものを参考にしても、そのまま現在に当てはめるのは滑稽です。

2.

天よ、この涙の谷から救い出せ。

ショーペンハウアーならこういったかもしれない。
でもこの言葉は、萩原朔太郎が彼の言葉といっているけど、
どこからの引用かわからない。
名を借りた朔太郎の思いかもしれなかった。

仏教の影響を受けたらしいショーペンハウアーは、
必ずしもそうではないけれど厭世主義(ペシミズム)の代表といわれた。
その彼をバトンタッチする形であらわれたのが、ご存じのニーチェだった。


 ニーチェ (F.W.Nietzsche 1844ー1900)

 ドイツの人、哲学者。古代ギリシア・ローマの古典文献学から出発した彼は、いままでのヨーロッパ的価値観を根底からひっくり返すことを試みた。イエス以来とも、ソクラテス以来の男ともいわれている。


若いころニーチェは、
古本屋で偶然見つけたショーペンハウアーの本にくぎづけになり、
睡眠時間をけずってまでも本を読み続けたという。
やがてショーペンハウアーのペシミズム的な生の否定から、
生の肯定を高らかにうたい上げていったニーチェは、「権力への意志」をあみだした。

ふたりの思想は欧米ばかりでなく、
明治時代以降、日本の文化芸術に絶大な影響を与えた。
彼らを知らない哲学者や文化人は、モグリとも呼ばれるほどだった。
大正、昭和初期の萩原朔太郎の「月に吠える」とか
志賀直哉の「暗夜行路」のモチーフとなり、
他に数え知れないほどだった。

やがていつしか大衆娯楽にまで広がり見せて、
山谷のどや街でいつかなみだ橋を渡ると誓った「あしたのジョー」、
虎だ、虎になるんだと叫んだ「タイガーマスク」。
日本人のシンパシーにも強く、訴えられた。
今もまた日本人の心に、訴える力はあるんだろうか。

優れて偉大なものは、いっぽうで毒も持っていた。
権力意志をヒットラーに利用されたことで、
ニーチェの苦手な数学的論法を重視したバートランド・ラッセルがいたほどだった。

スタンダールは50年後に甦り、
100年後にも甦った。
果たして現代に、ニーチェは甦られるだろうか。
それはどんな時だろうか。

彼には、もうひとつ「永遠回帰」という奇妙な考え方も持っていて、
ボクは大学を出て少しばかり過ぎたころ、
彼の思い出に、次の詩のようなものを書いたことがあった。


           ○


 男が浮気した
 女は逆上してどうしてやろうかと考えた
 食事のとき
 すまして食べている男を見ながら
 男の顔いっぱいに食べ物を投げつけて
 驚きおののく男の顔を想像して
 気持ちをいくらか取りもどした
 だが男はのんきそうに食べている

 テレビ映画を見ながら
 メチャクチャにやられている悪人に
 男をだぶらせながら
 もっとひどい殺し方を妄想して
 すこし女は笑みを浮かべた
 だが男はとなりでテレビを見ながら
 ゲラゲラ笑っている

 いろいろ考えても始まらない
 初めに行為ありき

 女は仕返しをする
 男をなぐる
 浮気女もなぐる
 男はあやまって
 男は女にその見返りにプレゼントをした
 お金がなかったら男に「お願い」をさせる

 女は強くなった
 表舞台に出る
 出ようとする
 男はなにもいえない
 それから女はだんだん強くなって
 「他の男」と浮気しようとする
 するかもしれない
 男はなにもいえない
 ほんとうに?

 男は仕返しに強くなろうとする
 だんだん強くなろうとする
 強くなって、また浮気しちゃった























































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