一方的な憧れや尊敬の存在も、10年の月日と、ツイッターやブログが近づけてくれることもあるという小さな事例
このたびエステーの鹿毛さんに、アンバサダーサミットで基調講演をしてもらえることになりました。
エステーの鹿毛さんといえば、東日本大震災後のミゲルくんのCMをはじめとして、テレビCMでヒットを飛ばしまくっているテレビ側の人という印象も強いようで。
なんで鹿毛さんがアンバサダーサミットの基調講演?と不思議に思っている方も少なくないようです。
でも、実は鹿毛さんは、梅田望夫さん、さとなおさん、高広さん達とともに、私が勝手に師匠と仰いでいる人の一人だったりするんです。
ちなみに、鹿毛さんもアンバサダーサミットのプロフィールに「アジャイルの徳力さんに教わって使いだしたTwitterで西川貴教さんとつながりCM出演してもらった」とありがたいコメントを書いてくれてたりします。
謎ですよね(笑)
せっかくの機会なので、ここで私と鹿毛さんの数奇な縁の歴史をご紹介しておきたいと思います。
※超長いので、お暇なときにどうぞ。
2009年7月9日 セミナーで初遭遇
私が鹿毛さんに初めてお会いしたのは、今から遡ること10年以上前の2009年7月9日。
ビジネスフォーラムという会社が運営しているセミナーで、講演者としてご一緒させていただいたのが最初の機会でした。
講演者としてご一緒というと、当時から近しい立場にあったと誤解されるかもしれませんが。
要は私の枠は、スポンサー企業としてお金を払って確保した宣伝枠。
実はアジャイルメディアとして初めてスポンサー費用を支払ったセミナーでした。
当時は、ブロガーイベントを広告代理店さん経由で企業に実施してもらっていた頃で、広告主の宣伝部長さんと話すことができる機会なんて全くなかった時代です。
そんな私にとって、エステーの鹿毛さんのプレゼンは衝撃的に面白かったことをよく覚えています。
何しろ、自ら特命宣伝部長 高田鳥場として関根さんとテレビCM出演しちゃうような人ですからね。
当時は、まだソーシャルメディアという言葉が浸透していない頃でしたが、いわゆるソーシャルメディア側の人間にとっては、テレビCMの世界ってすごいなぁと憧れと尊敬の入り混じった感情で、鹿毛さんのお話を聞いていた記憶があります。
ほんと、私はマスの広告業界についてはほぼ何も知らない素人だったんです。
一方、この時は、おそらく鹿毛さんは、私のことはあまり認識しないまま1日が終わったと想像してます。
2010年5月20日 WOMJセミナー講演打診
正直、一度講演でご一緒しただけなので、普通に考えたらその後二度とお会いしなくてもおかしい話ではないんですが。
自分で自分を褒めてやりたいな、と今となって思うのが。
翌年に、恐れ知らずにも、私が鹿毛さんにWOMJ事例共有セミナーの登壇をお願いしたことです。
当時、私はWOMJの立ち上げの発起人の一人でして、事例共有セミナーの企画を担当させていただいてました。
WOMはWord of Mouth、つまりはクチコミのことなんですが、当時の典型的なネットのバズ施策に物足りなさを感じていた私は、「クチコミ」のことを学ぶなら、リアルにクチコミで話題になるようなテレビCMを企画してる鹿毛さんに学ばなきゃダメだろ、と思いつき、お車代程度しか謝礼をだせないWOMJの事例共有セミナーで講演してもらえないかと鹿毛さんにダメ元でメールをするわけです。
で、なんと鹿毛さんは二つ返事で快諾してくれます。
当日の様子はこちらのレポートに詳しいので是非読んでいただければと思いますが。
「奇策で炎上すれすれを狙っているけど、緻密に準備している。でも炎上は怖いから、朝から晩まで反応を携帯で見ている。」とカミングアウトしていただき、めちゃめちゃ考えさせられるプレゼンだったのを良く覚えています。
当時、私がWOMJのセミナーでトライしていたのが、Twitterのハッシュタグのプロジェクター表示でした。
流行りましたよね。
セミナーの最中に参加者のツイッター投稿を画面に表示するの。
あれ、個人的にも臨場感があって大好きだったんです。
実は、この時の参加者のツイッターの使い方を見て、鹿毛さんはツイッターに投稿する勇気が湧いたんだそうです。
当時の鹿毛さんのツイートが残っています。
今振り返ると興味深いのは当時の登壇の打診のメールの返信に、鹿毛さんが私の「ツイッターを見ている」というコメントがあった点です。
当時から鹿毛さんは既にツイッターを「空気を読む」のに使っていたそうですが、発信はブログからだけして、ツイッターには一切投稿をしていなかったそうです。
それがセミナー当日に、私が無責任に根拠なく「鹿毛さんはツイッター向いてるからやった方が良いですよ」的な発言をしていたようで(すいません、実は良く覚えてません(汗))、鹿毛さんはその発言を真剣に受け止めて、この日からツイッターを本格的に使い始めてくれるのです。
ただ、実はこのセミナーで、改めて鹿毛さんの凄さを思い知らされてしまった私は、鹿毛さんへの尊敬の念が深くなった一方で、テレビCMとか自分には縁遠い世界だなと勝手に整理をしてしまい、鹿毛さんとの距離を詰めるでもなく、そのまま月日が流れます。
2012年10月30日 adtech tokyo登壇打診
次に鹿毛さんとお会いするのは2年後の2012年。
尊敬している人には積極的に登壇を打診するスタイルだった私は、adtech tokyoの「マスメディア×ソーシャルメディア」のセッションに鹿毛さんに登壇してもらうというアイデアを思いつきます。
adtechってスピーカー公募制なので、申し込むときにセッション案を書いて応募するんですよね。
で、事務局からOKをもらい、是非エステーの鹿毛さんに登壇打診して欲しいと依頼を受けて、喜び勇んで鹿毛さんに打診のメールをするわけです。
これまた鹿毛さんは快諾してくれるんですが。
adtech Tokyoのセッション登壇はノーギャラですし、当日鹿毛さんが役員会開催日にあたっていた関係で、引き受けてもらえるか、かなりドキドキしたのを覚えてます。
最終敵にこのセッションは、セッションが終わってから多くの人に「猛獣使い」と呼ばれるほど、個人的にも手応えがあったセッションで。
おかげさまで初めてadtechのスピーカーランキングのトップ10にも入れてもらえる結果になるわけです。
そういう意味では、鹿毛さんにadtech登壇を引き受けて頂けたのが幸運としか言いようがない話ではあるのですが。
実は、2010年のWOMJセミナーの登壇打診から、2012年のadtechの登壇打診まで、私と鹿毛さんの間で全くやり取りがなかったわけではありません。
2011年 オンライン上でのつながり
なんといっても2011年は東日本大震災が起きてしまった年。
その年、鹿毛さんは有名なミゲルの消臭力のテレビCMを実施。
それをTMレボリューションの西川さんがツイッターで言及していたところから、西川さんとミゲルのコラボCMが作られるという異色の事例に発展します。
この事例に、衝撃を受けた私は、「消費者と企業が一緒に広告を作る新しいカタチ」というコラムを日経ビジネスオンラインに寄稿しました。
残念ながら、もうコラムは日経ビジネスさんが全て消してしまっているので、具体的に何を書いたかは細かいところまで覚えていませんが。
いつもの私のスタイルで、エステーさんや鹿毛さんに確認を取るわけでもなく、勝手にコラムを書いていたと記憶しています。
ただ、そんな関係もあり、2012年に鹿毛さんが「愛されるアイデアの作り方」という書籍を出版した際に、献本を送って頂き、その読書メモを書いていたりもするわけです。
おそらくは、鹿毛さんもそういった私のコラム執筆や読書メモを横目でご覧になっていたからこそ、2回しか会ったことのない私の登壇依頼を、快諾頂いたのでしょう。
改めてソーシャルメディア時代で良かったな、ブログを書いてて良かったなと振り返る出来事です。
2013年以降 毎年のように鹿毛さんから学ぶ
その後、鹿毛さんがadtechに毎年登壇してくれるようになったこともあり、毎年のように鹿毛さんとはadtech等の業界イベントで、良くお会いするようになります。
記憶に残っていることだけでも書き出すと、大変な数になるんですが。
主な出来事を書き出すと。
2013年には、Brand Summitのクロージングセッションに登壇した鹿毛さんに、U39の若手メンバーが議論を挑むために開催された「カゲテック」なるイベントにモデレーターで呼んでもらったり。
2014年には、鹿毛さんがadtechでモデレーターを担当したセッションが、セッションランキング1位になり。
2015年には、adtechの事前スピーカーパーティーで鹿毛さんのモデレーターの心構えを学ばせてもらったり。
2016年には、鹿毛さん主催のアドテック大喜利で、ネットライターの凄さや奥深さを学ばせてもらったり。
2017年には、インテージさんのセミナーの基調講演枠で、鹿毛さんとP&Gの伊東さんによる対談のモデレーターをさせていただいたり。
2018年には、マーケティングアジェンダのキーノート終了後に、鹿毛さんをはじめとした登壇者の方々の話を深掘りさせてもらったり。
毎年のように、鹿毛さんの発言とか姿勢を学ぶ機会に恵まれてます。
この間、お仕事とか、提案とかほとんどしてないんですけどね。
人間の縁って不思議なものだなと思ったりします。
ちなみに、たまたま鹿毛さんが尊敬してやまない人に初めて会えた瞬間に立ち会うことができ、新入社員のように緊張する鹿毛さんを間近で見ることができてしまった、なんて貴重な経験をしたこともありました。
2018年 初めて真面目に仕事の話を
そんなこんなで、鹿毛さんとは、何となく、よくセミナーでは会うけれど、提案や営業はしない、という関係が10年続いていたんです。
まぁ、これ自体は私にとっては珍しい話ではなく。
私は、アジャイルメディア・ネットワークの社長をさせていただいてたころから、ウェブ広告研究会の方々に「徳力はよく研究会に参加してるのに、全く営業活動してないっぽいけど大丈夫か」と逆に心配されていたぐらいの営業苦手なタイプなんですけど。
特に鹿毛さんに関しては、鹿毛さん=テレビCMの人、だから自分が提案する相手ではない、と自分の中で勝手に境界線を引いてしまっていたのが1番大きかったように思います。
その印象が変わったのは、2018年のマーケティングアジェンダの座談会の時でした。
その時の私は、鹿毛さんの話をさえぎりすぎて、こっぴどく怒られてしまたという経験をしているのですが(汗)
鹿毛さんは、テレビCMをメインのコミュニケーション手段として使っているものの、実はやろうとしていることは、私がやっているアンバサダープログラム同様、ファンとのコミュニケーションの強化だということを、ようやく腹落ちしたのを良く覚えています。
そんなわけで2018年の年末に、エステーさんに提案のためのヒアリング活動を開始するわけですが。
象徴的だったのは、私と担当の海老名さんが、エステーさんへの提案のために訪問したときに、いきなりその様子を鹿毛さんと井出さんが、ツイッターでライブ中継始めたこと。
もうね、悔しかったです。
本当に。
というか、正確には悔しいと言うよりも、「ショック」でした。
自分の中では、鹿毛さんはテレビ側の人間で、私がネット側の人間で。
ネット側の人間としてテレビ側の鹿毛さんに、これからのネットを活用したファンとのコミュニケーションの形を提案する、というのが自分の存在意義のつもりだったんですが。
鹿毛さんと井出さんに対しては、もう明らかに自分の存在意義ないんですよね。2人の方が詳しいし、自社のファンが求めてることを良く分かっておられるんです。
自分自身が企業の方々に対して、マスとネットを分けて考えるのは良くないと警鐘を鳴らしていた側の人間のはずなのに。
気がついたら自分の方が鹿毛さんをマス側の人間と勝手に決めていて、いつの間にかアッサリと追い抜かれていたわけです。
2019年4月1日 エステー特命宣伝部開始
そんなこんなで、エステーさんをお手伝いする形ではじまったのが「エステー特命宣伝部」です。
基本的には鹿毛さんと井出さんが、個人のツイッターアカウントで努力されていたことに、アジャイルメディア・ネットワークがアンバサダープログラムを通じて積み上げてきたノウハウをどう組み合わせるか、というのが1つの大きなチャレンジでもあるんですが。
最近のアンバサダープログラムは、エステーさんにしても、デルさんにしても、USJさんにしても、サンリオさんにしても、実は企業側の目的や姿勢によってやることが大きく異なってきているのが実情で。
リーダーシップを取っていただいているのは当然ながら企業側の担当者の方々です。
企業の文化やブランドの空気感によって、当然、企業とファンとの距離感とかコミュニケーションのあるべき姿って大きく異なるんですよね。
「アンバサダープログラム」というキーワードを軸に、私は、この15年近くずっと企業の方々に、既存顧客やファンとのコミュニケーションの重要性を訴えてきましたが。
一方で、日本におけるマスメディアの影響力の大きさや、マスメディアの露出量と連動した流通の棚取りの構造などの壁にぶつかり、またネット側のステマや炎上などの悪印象や、クチコミの効果測定の難しさに阻まれ、企業担当者の方々が板挟みに陥ることが多いのはまだまだ現実だと思います。
こればかりは、なかなかボトムアップで解決するのは難しいのが現実だと思ってます。
ただ、最近鹿毛さんに言われて勇気をもらったのは、顧客やファンを大事にする文化をもっているはずの企業において、こうした双方向のコミュニケーション活動は、投資対効果とか議論する以前に取り組んで当然の活動なのではないかという話。
そういう意味で、10年経った今でも、私は鹿毛さんから学ばせてもらっているわけです。
2020年2月28日 アンバサダーサミット2020
そんなわけで、アンバサダーサミットで鹿毛さんに基調講演をお願いするというのは、一見遠いように見えて、実は10年の月日と、ツイッターやブログも含めたコミュニケーションの結果だったりもするわけです。
個人的にも、当日は、鹿毛さんと井出さんに、素直に私の長年の疑問や課題感をぶつけてみたいと思っております。
鹿毛さんには、弊社に気兼ねなく普段通りのお話をして下さいとお願いしてますので、当日どういう方向に話が転がるかは分かりませんが。
きっと、面白い話が聞けると思いますので、ご興味がある方は是非お申し込み下さい。
(ただ、すでに定員を上回る勢いで応募を頂いているようなので、選考必至です。ご容赦いただけますと幸いです。)
追伸:
本来なら記事タイトルは「私と鹿毛康司さんの10年間」とかの方が内容により即しているかとは思うんですが、さすがにそれは恥ずかしすぎるので、釣り気味の意味不明のタイトルにしてしまったことは深くお詫び致します。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。