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【ウマ娘SS】私の有馬記念

1 : ◆TM0/nvVOKN.V 2021/02/25(木) 20:45:41.82 ID:i1l4HZWI0

オグリキャップメインのウマ娘短編SSです。

地の文あり、競馬知識皆無なので間違ってる表現とかあったらごめんなさい


2 : ◆TM0/nvVOKN.V 2021/02/25(木) 20:47:39.02 ID:i1l4HZWI0
 あの日、あのレースを見た時、魂の震える感覚があった。
 地方の片田舎では決して有り得ない程の人々が、たった一つのレースに、そこに立つ十数人に注目している。
 そこに立つ者達は、誰もが輝かしい経歴を持っている。
 実力・技術・人気……どれもが日本でトップクラスの者達。
 年に一度、そんな彼女らを集めて開かれる日本一を決めるレースの一つ。
 『有馬記念』。
 トレーナーに連れられて、観客としてだがその場の一員となった時、私は心の底から思ったのだ。
 このレースに出てみたい、と。








 私の名前はオグリキャップ。
 異世界からもたらされた何ものかの魂を宿し、『ウマ娘』としてこの世に生を受けた者だ。
 私は地方出身の田舎者であったが、どんな巡りあわせか、『ウマ娘』としての素質を有していた。
 故郷のレースでは殆ど負けなし。
 私の差し脚に敵うものはいなかったし、まして差し返せるものなど存在しなかった。
 連戦連勝、敵はなかった。
 その噂は地方から中央にまで伝わり、そうして私は今この場にいる。
 『トレセン学園』
 中央でも有数のウマ娘達が集い、更なる実力の向上を目指して切磋琢磨しあう全寮制の学園だ。
 そこで私は一人のトレーナーと出会い、トゥインクルシリーズを勝ち抜くためのトレーニングに明け暮れている。

3 : ◆TM0/nvVOKN.V 2021/02/25(木) 20:48:08.08 ID:i1l4HZWI0

(……『有馬記念』、か)

 今は深夜。
 有馬記念を観戦し、夕刻のトレーニングも終え、就寝の時間。
 同部屋のタマモクロスは既に大いびきをかいて眠っている。
 明日もトレーニングがあるのだ、早く寝なくてはと思いながらも、意識と反して目はさえる一方だ。
 原因は分かっている。
 今日観戦した有馬記念。
 あの光景が、あの情景が、目に焼き付いて離れないのだ。

(……出たい。私は、『有馬記念』に……)

 こんな気持ちは初めてだった。
 私にとってレースは周囲の期待に応えるためのものだった。
 大飯喰らいの私を嫌な顔一つせずに育ててくれた両親、中央に出た後も私を応援し続けてくれる故郷の人々。
 皆の想いに応えるために、私は走る。
 その筈だった。
 だったのに、『有馬記念』は特別だった。
 誰かのためではない。
 どうしても出たい。
 あのパドックを越えた遥か先のゴールを目指したい。
 ただ、そう思った。
 言うなれば―――『魂』が、そう告げている。

(……立ちたい、あの場所に!)

 心の奥底で熱く燃えるものを感じる。
 なぜ、自分がそこまで『有馬記念』に思いを強めているのかは分からない。
 同等とされるG1レースは他にもある。
 初めて現地でそれを観戦したから? ……それもあるだろうが、本質はどこか違う気がした。
 この胸の高鳴りは、『有馬記念』でしか感じないものなのだと思う。
 それ程までに想いは強く、強く輝いている。

(立ちたいじゃない……立つんだ)

 決意が、漲った。
 誰のためでもない自分のために。
 私は、『有馬記念』に立つと自分自身に誓った。

 そして―――、




4 : ◆TM0/nvVOKN.V 2021/02/25(木) 20:48:37.78 ID:i1l4HZWI0




 あれから一年。
 私は、念願のゲートの中にいる。
 『有馬記念』の、スタートゲートに。

(遂に、ここまで来たな……)

 トレーナーがこちらを見つめている。
 誰よりも私の力を信じ、私の力を引き出してくれた人。
 私の願いを叶える為に、特訓を組み、レースを組み、数多の指導をしてくれた。
 あの人がいるから、私はここにいる。
 あの人が私の全てを引き出してくれたから、私はここにいる。
 トレーナーがいなければ、私はとっくのとうに中央のレベルの高さに潰されていただろう。

(ありがとう、トレーナー)

 観客席の片隅には、私を応援し続けてくれていた故郷の人々が、手作りの横断幕を手に声を張り上げている。
 十万人を超える観客の中でも、なぜだか彼等の声ははっきりと耳に届いていた。
 皆の応援がなくても、やはり私はどこかで膝を折ってしまっていただろう。
 過酷な練習の日々に、強すぎる中央の実力に、とても立ち向かえはしなかった。

(ありがとう、皆)

 数多の人たちの支えがあったからこそ、私はこの場所に立てている。
 私自身の願いを叶えるために、皆が支えてくれたのだ。
 震えている。
 心が、魂が、抑えきれない程に、震えている。
 目の前には鉄の扉。これが開いた時、私の『有馬記念』が始まる。
 そして、ようやく分かるのだろう。
 なぜ、私がこんなにも『有馬記念』の舞台に立ちたいと思ったのか。
 なぜ、私にとって『有馬記念』は特別なのか。
 その『答え』が、分かる。
 深く、深く、息を吸う。
 周りでは、歴戦のウマ娘達が私と同様に集中を高めている。
 隣にいるだけでも感じるすさまじい存在感。
 当然だ。ここにいるのは、日本のトップを駆け抜けるウマ娘達。
 日本で一番熾烈なレースが、今この瞬間だ。
 もう一度、深く、息を吸う。

(さぁ、教えてくれ)

 声援が、一際大きく聞こえた。
 十万を超える人々の叫びが、このレース場に降り注いでいる。
 
(―――ここには、何があるんだ!)

 そして、ゲートが開かれた。

5 : ◆TM0/nvVOKN.V 2021/02/25(木) 20:54:39.55 ID:i1l4HZWI0
 声援が、ウマ娘達の蹄が、地面を揺らす。
 眩い陽光に照らされた、誰も足を踏み入れていないまっ平なダート。
 真っ先に飛び出していく逃げ足のウマ達。
 私は先頭グループとつかず離れずの距離を保ち、機を伺う。
 足をためて、足をためて、最後の直線に備える。
 だが、正直に言えば、追いすがるだけでも一杯一杯だった。
 さすがは『有馬記念』を走る猛者たちだ。
 強靭な脚に巧みな位置調整を加えて、虎視眈々と自分の最も有利なポジションに立っている。
 速く、旨い。
 実力の差をひしひしと感じる。

(それでも……それでもだ!)

 譲れないものが、ある。
 皆の想いがある。
 トレーナーの、地元の皆の想いが、私の背中に乗っている。
 走り始めれば分かると思った『答え』もまだ見つからない。
 ならば、

(―――勝つんだ!)

 勝てば、今度こそ分かる。
 私の初めての願い。
 この一年間、私を突き動かしてきた何か。
 その『答え』が、そこにある。
 『有馬記念』の頂点の景色に、それはあるのだと確信できる。
 最後の直線。
 スイッチが、入る。
 目の前に、私を遮るものはいない。
 ただ私の前を走るウマ娘たちの背中だけが映っている。
 一歩。
 差が、縮まる。
 また一歩。
 更に差が、縮まる。
 世界が、後ろへと流れていく。
 目の前に、私より速いものは存在しない。


(ああ、そうだ。この景色は―――)


 ふと脳裏に過る光景。
 見たことのない四足歩行の動物が、今の私たちと同じようにダートを走っている、その光景。
 聞こえるのは何万からなる声援と、『私』に跨る騎手の掛け声のみ。
 限界の身体。
 脚は震え、呼吸も満足にできない。
 それでも。
 『私』のレースは、これで終わりだから。
 『オグリキャップ』のレースは、これで終わりだから
 だから―――!

 ……気付けば、私/『私』は一番でゴールラインを駆け抜けていた。
 割れんばかりの歓声が、競技場を包み込む。
 もう、先ほどまでの景色は見えてこない。
 レース場にいるのは私と、ウマ娘達だけ。
 あの名も知らぬ動物たちは、『オグリキャップ』はもうどこにもいなかった。
 ただしかし、確かに……確かにそれはあったのだろう。
 『オグリキャップ』が見せた奇跡の走りは。

(負けられないよな……『オグリキャップ』なら)

 地元の皆が手を振っている。
 トレーナーなんかは涙で顔をぐしゃぐしゃにして何かを叫んでいる。
 あの時の『オグリキャップ』が背負っていたものとは比較にはならないが、それでも背負っている者を悲しませることだけはできない。
 それが『オグリキャップ』の魂を継いだ者の在り方だ。
 だから、これからも私は走り続けるだろう。

(『貴方』みたいな最後が迎えられるかは分からないけど、それでも―――)

 私を大切に想ってくれる、私が大切に想っている誰かのために。
 私は、走り続ける。
 『オグリキャップ』の名を掲げて。
 最後まで人々の期待と声援に答え続けた『貴方』のように―――『私』は、走り続けるのだろう。

6 : ◆TM0/nvVOKN.V 2021/02/25(木) 20:55:23.21 ID:i1l4HZWI0
短いですが投下終了です。
HTML化依頼だしてきます



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