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森山 京『あしたもよかった』

 この連載では、1980年代の当時は話題になったけど、今は書店で手に入りにくくなっている作品を紹介していきます。

 作者の森山京は、コピーライターの仕事をした後、40歳頃から童話を書き始め、『きいろいばけつ』『つりばしゆらゆら』など、多くの幼年童話の傑作を残しています。この作品も、小さなクマの子が野原で出会った一日の、様々な体験や驚きを詩的に描いて、深く心に残ります。

 朝、クマの子は川のふちに座り、耳をすますと、水が「きつねくんきつねくん」とささやいているように聞こえ、にっこり。目をつぶって耳を澄ますと、今度は「くまくんくまくん」と聞こえて、「よかった。ぼくのこと、うたってる」とくすくす笑います。迷子になったヒバリの子に出会ったり、小さなチョウのまねをして、目をつぶり手をひらひらさせながら野原を走ったりします。すると何かが頭に当たって、目を開けると一匹のクモが左右に大きく揺れていて、糸がちぎれそう。クマの子が「ちぎれないで……、ちぎれないで……」とつぶやくと、揺れは収まります。「よかった」と、クマの子はまた歩き出します。

 昼になり、草の上でぐったりと目をつぶって倒れている、さっきのヒバリの子を見つけます。お母さんをさがしていてくたびれたのかな、と抱き上げ、頬にそっと押し当てると、ドキドキと胸の鳴る音がかすかに伝わってきます。「生きているって、あったかいなあ。」とクマの子はつぶやき、水を汲んで来て飲ませると、ヒバリの子は元気になって飛び立っていきました。クマの子は、「はやく おかあさんに あえると いいな」と、いいます。

 夕方、昼間見た小さなチョウがクモの巣に引っかかって、羽はひしゃげ、体ごとクモの糸にぐるぐる巻きにされています。「ああ……」。クマの子は、自分の体が締め付けられたような気がしました。「さよなら」とつぶやくように言ってから、クマの子はうつむいたまま歩き出します。どこからか、冷たい風が吹いてきました。「もう かえらなくちゃ」と、クマの子は、とぼとぼ歩き始めます。すると頭の上の方で、小鳥のさえずりが聞こえました。夕焼けの空の上に、ヒバリの親子の姿を見つけたクマの子は、「よかった。おかあさんに あえたんだ」とずっと空を見ていました。

 あどけないクマの子が、朝から夕方までのお日さまの移ろいや、小川のささやきを受け止めながら、野原で出会う様々な生き物たちとのエピソードが、たくさんの「よかった」とともに描かれます。そこに、小さな命の生と死がさりげなく編み込まれています。やさしい言葉としなやかな表現で、幼い子どもの感受力や、成長する生命力とみごとに響き合う、素晴らしい作品です。

 このお話のように、親しみやすい動物たちを主人公にした、しんみりと心にしみる優しい物語作りは、森山京の得意技でもあります。渡辺洋二のページ大の素敵な挿絵が入ったこの本の小峰書店版は、いま容易に手に入らないのが残念ですが、文章は『もりやまみやこ童話選 2』(ポプラ社)で読むことができます。

『あしたもよかった』
森山京 作
渡辺洋二 絵
初版 1989年
小峰書店 刊

文:野上暁(のがみ あきら)
1943年生まれ。児童文学研究家。東京純心大学現代文化学部こども文化学科客員教授。日本ペンクラブ常務理事。著書に『子ども文化の現代史〜遊び・メディア・サブカルチャーの奔流』(大月書店)、『小学館の学年誌と児童書』(論創社)などがある。

(2021年1月/2月号「子どもの本だより」より)

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