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ニンジャに憧れた米国軍人の半生坂の町に住む人々の交流など様々な物語を手軽に味わえる快著/『万延元年のニンジャ茶漬け』松宮 宏

歴史奇譚と現代劇が並ぶ異色短篇集

 松宮宏は一九五七年大阪府生まれ。大阪市立大学文学部卒。デザインビジネスのコンサルタントを務めながら小説を書き、二〇〇〇年に『こいわらい』(松之宮ゆい名義)で第十二回日本ファンタジーノベル大賞最終候補。同作を改稿した『こいわらい』で〇六年にデビューした個性派作家だ。

 交通事故で脳が変質した美少女・和邇メグルは、電器屋会長の用心棒のアルバイトに雇われ、祖父に教わった秘剣「こいわらい」でヤクザを倒していく──デビュー作はそんな物語である。現代の京都でチャンバラを繰り広げる内容は、選考委員の荒俣宏に「関西弁による軽い語りが巧みで、秘剣という時代ズレした題材も、よい意味で笑える」と評された。

 同作や続篇の『くすぶり亦蔵』をはじめとするナンセンス小説に加えて、著者は『さすらいのマイナンバー』『まぼろしのお好み焼きソース』のような人情譚も手掛けている。文庫書き下ろしの三篇を収めた『万延元年のニンジャ茶漬け』は、両者を併せて楽しめる短篇集だ。

 順を追って紹介しよう。巻頭に置かれた表題作は、アメリカ三大財閥の一つとされる名家に生まれ、南北戦争で軍功を上げながらも司令部と揉め、死後も長らく評価が定まらなかった海軍少将サムエル・スイード・デュランの奇行録だ。一八六〇年(万延元年)六月に歓迎委員として遣米使節団を目にしたサムエルは、副使の村垣淡路守範正をニンジャだと思い込み、ニンジャになるために村垣の小袋(茶漬けの材料)を所望する。村垣たちは茶漬けの製法と作り話を伝えて帰国し、やがてサムエルは大胆な行動に打って出る。米軍の奇人と幕末史を絡めた軽快なホラ話である。

 二話目の「太秦の次郎吉」は、二百件の窃盗を重ねたという元役者の泥棒が捕まり、国選弁護人の「私」に経験を語る短いエピソード。三話目の「鈴蘭台のミモザ館」では、就職を控えた女子大生、認知症の老婆と精神科医の孫、ミモザに覆われた屋敷に住む八十歳のカリスマデザイナーなどの交流が描かれる。著者は実在の町を舞台に採ることが多く、神戸市の鈴蘭台を扱った本篇もその例に漏れない。

 二〇一五年刊の短篇集『まぼろしのパン屋』のあとがきにおいて、著者は「私の書く物語は虚構です。巻き起こる事件、ささやかな日常のひとこまさえ事実に立脚していません」としたうえで「物語で作り出した人物は私が物語を紡ぐのを待っていたように、現実の姿を伴って現れるのです」「そんな人たちの登場により、虚構の物語は現実とつながります」と記している。キャラクターの人間らしさが虚構に過ぎない物語を読者の心に響かせるという見解は、著者の小説観の根幹に繋がるものだろう。

 人間性を基調とするドラマを志向し、ナンセンスとリアルを自在に往還する。その作風をコンパクトにまとめた本書は、初めて読む松宮作品としても格好の一冊に違いない。

ニンジャに憧れた米国軍人の半生
坂の町に住む人々の交流など
様々な物語を手軽に味わえる快著

万延元年のニンジャ茶漬け 松宮 宏 定価 本体700円+税

松宮宏◎1957年大阪府生まれ。大阪市立大学文学部卒。アパレルやデザイン関連の仕事に携わり、2006年に『こいわらい』で小説家デビュー。他の作品に『くすぶり亦蔵』『さくらんぼ同盟』『まぼろしのパン屋』などがある。

文/福井健太
1972年京都府生まれ。書評系ライター。著書に『本格ミステリ鑑賞術』『本格ミステリ漫画ゼミ』『劇場版シティーハンター 公式ノベライズ』などがある。

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