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長きにわたる徳川と豊臣の対立が大坂の陣を引き起こす奇抜な趣向を秘めた野心的長篇/『夢のまた夢 若武者の誕生』森岡浩之

SF作家が大坂の陣を描く異色小説

 森岡浩之は一九六二年兵庫県生まれ。第十七回ハヤカワ・SFコンテストの第二席に入選した「夢の樹が接げたなら」で九二年にデビュー。九七年に『星界の紋章』で第二十八回星雲賞(日本長編部門)、九九年に「夜明けのテロリスト」で第三十回星雲賞(日本短編部門)を受賞。二〇一六年には『突変』で第三十六回日本SF大賞に輝いた。

 累計二百万部を超えるスペースオペラ〈星界〉シリーズ、電脳空間のハードボイルド〈優しい煉獄〉シリーズ、都市が異世界に転移する『突変』などのSF小説で知られる著者には、一一年に発表した『夢のまた夢 決戦!大坂の陣』という異色作がある。『夢のまた夢 若武者の誕生』は同作を改題・文庫化したものだ。

 息子の秀頼に「天下人になるのじゃ」と言い残し、豊臣秀吉は慶長三年(一五九八年)に世を去った。時は流れて慶長十九年(一六一四年)、徳川家は豊臣家に天下を返さず、祭礼行列で撒く福銭に刻まれた「君臣豊楽」「国家安康」の文言に難癖をつけ、秀吉を弔う豊国祭礼と秀頼の上洛を中止せよと命令する。家臣たちが憤る中、秀頼は奥小姓の少年・神照庚丸の言葉を受けて「豊国社を大坂につくらねばならぬ」と考え、材料として武器に転用しうる鉛と焔硝(硝石)を集めるように指示を出した。

 庚丸は公家衆への使者とともに上洛し、妙法院の僧侶・浄林に「大坂まで来てほしい」という秀頼の伝言を届けるが、一人前になって自分を召し抱えろと拒否される。徳川家との交渉役である大名・片桐東市正且元への疑惑が生じ、秀頼は「且元が謀反し、当家と徳川家の和親を乱そうとしたので、やむなく処分する」と手紙を書くものの、好機と捉えた家康は大坂討伐の準備を進めていた。

 大坂の陣を背景として、奥小姓の少年が自分の出生を知り、若武者に成長する姿を描く。端的にいえば本作はそんな物語だ。一見すると普通の歴史小説だが、話はそう単純ではない。嫌がらせを続ける徳川家と豊臣家の対立が深まり、大坂で合戦が起きる──という大筋は史実に沿うものの、難癖の対象が(方広寺の梵鐘ではなく)福銭であり、故人が生きているという具合に、意図的な差異が仕込まれている。具体的な説明は避けるが、一筋縄ではいかない内容だということは強調しておきたい。

 本書に接した読者は、神の視点から歴史を辿るはずの文章において、時折「わたし」が顔を出すことに違和感を抱くだろう。終章で明かされる大胆な仕掛けは、サプライズの演出であると同時に、歴史の成り立ちに対する認識の表明でもある。一つのアイデアを作品化するために、オーソドックスな歴史小説のスタイルを纏い、数々の伏線を忍ばせたトリッキーな意欲作。風変わりな歴史小説を読みたい人や、タイトルを見て敬遠した著者のファンにお勧めの一冊だ。

長きにわたる徳川と豊臣の対立が
大坂の陣を引き起こす
奇抜な趣向を秘めた野心的長篇


夢のまた夢 若武者の誕生 森岡浩之 定価 本体850円+税

森岡浩之◎1962年兵庫県生まれ。第17回ハヤカワ・SFコンテストの入選作「夢の樹が接げたなら」で92年にデビュー。97年に『星界の紋章』で第28回星雲賞、99年に「夜明けのテロリスト」で第30回星雲賞、2016年に『突変』で第36回日本SF大賞を受賞した。

文/福井健太
1972年京都府生まれ。書評系ライター。著書に『本格ミステリ鑑賞術』『本格ミステリ漫画ゼミ』『劇場版シティーハンター 公式ノベライズ』などがある。

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